パン。 真昼の渋谷の交差点に乾いた破裂音が響いた。 同時に僕の腹を焼ける様な痛みが襲い、僕はその場に倒れた。 拳銃を手にした男が僕を見下ろしていた。 周りは「何の冗談?」とばかりに足早に信号を渡る人々。 男はもう僕に興味は無いのか、すれ違い様の男性の頭にパン。 崩れる男性の向こうに血を浴びた女の子が見え、彼女は事態をやっと理解したのか悲鳴をあげた。 その悲鳴は、初めて人々に緊張を芽生えさせた。
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僕は倒れたまま男を見た。 銃は38口径のリボルバー。弾は6発。もう2発撃ってるから残りは最大4発。 38口径なら急所に当たらなければ、なんとかなる。 僕は止血して呼吸を整えた。 辺りは騒然として、男は照準を合わせられないでいる。 僕は男に近づき、手を掴み足払いをして、地面に倒し、腕を極めた。 男は呻き声を上げて抵抗しようとした。 「誰か通報して」 僕は直感したこれは大きな事件の前触れになる。
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男は尚も無言で抵抗を続けている。 その振動が極めた腕を通じて僕の腹の傷に伝わってくる。 だが僕は、逃すものかと必死で抑えていた。 暫くして、男は静かになった。 漸くおとなしくなったか、と、そう思った時だった。 なんと男は、極めていない反対側の腕をあり得ない角度で曲げ、僕の首を掴んできたのだ! 「ぐっ‼︎」 僕は呼吸が出来なくなり、力が抜けてきた。 すると男は不気味に身体を反らせて起き上がった。
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男の身のこなしは素人の物では無い。恐らくは何らかの訓練経験があるのだろう。こうした男を僕は警察学校の訓練施設で目の当たりにして来た。 僕は拳銃を取り出し立ち上がる。互いに拳銃を向け合い対峙。互いに頭に照準を合わせ拮抗状態となり時間が経過した。 じっくりと男の顔を見据える。顔面に傷。その顔には見覚えがあった。僕が唯一逮捕し損ねた男であり、僕が警察を去る原因になった男だからだ…
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ーそう、あれはよく晴れた8月のことだった。 ミーン、ミーン… 蝉が騒がしく鳴く度に僕の額からは汗が流れ落ちる。連日の猛暑によって仕事のやる気も半減していた。 そんな時、青年が人通りの少ない裏道に向かって歩いていくのが見えた。その先は行き止まりのはずなのに…おかしいと思いつつも声はかけずに様子を伺う。 もう一人、この暑い中黒いコートを着た怪しげな男が奥にいるのが見えた。 事件の臭いがした。
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パン。 路地裏から響いた乾いた音。 駆けつけると、黒コートの男が血溜りに倒れていた。 僕の横を逃げていく青年の顔面には傷。手には38口径のリボルバー。 殺されたのは麻薬密売組織の重要役員だった。 殺した男の正体はどれだけ捜査を続けてもわからなかった。 やがて上司から捜査をやめるよう言われ、真相は闇に葬られた。 上層部と密売組織の癒着に気づいた僕は、失望して警察を去ったのだ。 暑い夏の記憶だ。
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あの時の男と対面をしている。そう考えると絶対に逃せられないという緊張感と共に、昂揚する何かを感じる。 ──やっと会えたぜ、糞野郎。 僕はゆっくりと気付かれないように指に力を入れた。 男はピクリとも動かない……が、突然自身の頭に己の銃口をあてた。 「!?」 驚く僕の前で男は口から泡のようなものを出し、声と言えない声を漏らす。 「あが……が、…ふへへへ」 気味悪い笑みを溢し目は虚ろ。 こいつ…薬を!
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「やめろ!」 止める間もなく、男は自分の頭を吹っ飛ばした。 周囲は騒然となる。日常の風景が急に、サスペンスドラマのような血みどろ展開になったからだ。 ファンファンファン サイレンの音が聞こえる。警察が来たようだ。 見慣れた男が駆け足で近づいてくる。組織の捜査を止めるように言ってきたアイツだ。 「元気にしてたか」 血まみれの俺のどこが元気に見えるのだ。 「あぁ、探偵は気楽でいいよ。癒着もないし」
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横腹を抑えながらよろよろと立ち上がった。 倒れた男のもとに行く。 「醜い顔だな」 見慣れた男はそう呟く。 「まさか自殺をするとはな」 大音量のサイレンは僕の頭に深く響いた。 「それにしても、二発も撃つなんてな」 「それが人間だろ。 人間の心には誰だって『殺したい』という感情があるんだよ。それを我慢して皆んな生きてるんだ」 彼の言葉に僕は続けた。 「薬はそれを開放してくれるんだな」
- 完 -