crosses

「やぁ…いらっしゃい」 彼女は身長よりも長い狙撃銃を背負っていた。 そして、僕に狙撃銃の整備を依頼する。 彼女の傷は会う度に増え、痛々しい姿になって行く。どれほど過酷な仕事をしているのだろう。でも、依頼者に干渉はできない…命を狙われてしまうから。 僕が彼女にできること。それは弾をより正確に、より早く飛ばせるように銃を完璧にすること。それが僕にできる、彼女に気持ちを伝える唯一の方法だから…

12年前

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夜10時。ある家のリビングで、僕は黙々と銃を整備する。 彼女は僕を迎え入れた後、「後は任せた」と言って銃を渡し奥の部屋にいってしまった。 ここに来るのは不定期だ。3日もたたずに依頼されることもあれば、1ヶ月近く電話がこないこともある。 が、最近は毎日のようにこの家を訪れている。仕事が増えるのは嬉しいことだが、僕は心配だった。彼女は何か危ないことに巻き込まれてるに違いない。

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銃の整備がこれほど頻繁に必要な仕事など滅多にない。 狙撃銃は常に安定した精度を求められる為整備の頻度も多くなるが、それにしたって彼女は常軌を逸している。 恐らく一日に何度も引き金を引き、弾丸を吐き出しているに違いない。 昨日の彼女がどれだけの命を奪ったのか、想像もつかないし、したくなかった。

lawya3

11年前

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この国では革命が進行している。 彼女が王権と革命軍のどちらに雇われているのか、誰の依頼で動いているのかはわからない。 朝4時。夜を徹した銃の整備が終わる。 それを見透かしたかのように、彼女は奥の部屋から出てくる。 「少しは休めましたか?」 ずっしり重い狙撃銃を手渡しながら聞く。各部のジョイントを入念に確認して、彼女はほんの少し笑う。 「ああ。いつもありがとう」 白い頬には、新しい傷。

11年前

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無垢な笑みを浮かべる彼女を見る度、僕は嬉しさ半分恐ろしさを覚える。 男でも重いと感じるこの武器を、彼女は軽々と扱う。彼女の顔に刻まれた傷とは、余りにも現実離れした表情に感じた。 いつからこの人は戦場へ赴いているのだろうか。 と考えるようになった。と言っても考えるだけ、過干渉はしない。それが、僕と客との暗黙のルール。信用問題でもある。 僕が考えている間に彼女は最後の確認を終えていた。

sasakure.

11年前

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「私さ、本当はコレ嫌いなんだ」 カムフラージュのためのケースに狙撃銃を入れながら彼女は言った。彼女が自分の事を話すのは初めてだった。 「人を殺してる感覚が感じられないからかな。私はまだどこかで救いを求めてる」 彼女は悲しそうに笑う。それは彼女自身を嘲笑っているようにも見えた。 「だから、コイツの重さは私が殺した命の重さって考えるようにしてる」 最近は慣れてしまったけどね、と天井を見て呟いた。

神路奇々

10年前

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「じゃあ何で」 僕は暗黙のルールを破ろうとしていた。いままで守り続けた彼女との関係を。 やめろ。口よ、動くな。僕は念じるが、意思に反し言葉はすらすらと流れ出る。 「何で、殺しなんてしているんですか。そんな重い罪を背負ってまで」 彼女は答えなかった。表情を消し、立ち上がる。 扉の向こうに姿をくらますその瞬間、彼女は僕に問いかけた。 「では、貴方はどうしてこの仕事をしているの?」

Ringa

10年前

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核心をついた問いだった。彼女が言わんとする通りだ。銃をより使いやすくするため僕は整備をしている。間接的であれ、僕も人殺しに荷担していると言えた。 「官軍も革命軍もどちらもよりよい平和を願って人殺しを続けているんだよ。世界って可笑しいね」 気丈に笑いながら愚痴を吐く、彼女の姿が思い出される。 "でも、貴方のおかげで私は助かっている" そうさ。その為に僕は仕事をしている。世界は可笑しくなんてない。

aoto

10年前

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それが、ほんの1ヶ月前のことだったのだ。 今僕は、彼女のいない部屋に通されていた。 「あいつが死に際に、お前さんに連絡するように、ってな…」 「お前さん、いい腕だ。敵の大将向かって、あいつの弾、真っ直ぐ飛んでいったぜ」 もうこれも要らない時代になるな、と男は僕の肩を叩いて出て行った。 僕は貴女を救えなかった… 狙撃銃に縋ることしかできなかった。黒く光るそれは整備時よりも、ずしり、と重かった。

のんのん

10年前

- 完 -