僕は猫です。 名前は無いワケじゃないけど、ヒトに吹いて回る程のモノじゃありません。 ………えっと、あの、ちょっと。こういうのって何から話せばいいんですかね……ええ、はい。はい。あーはいはい、分かりました。 えへん、では気を取り直して。 それじゃあ僕の主人の話をしましょうか。
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僕の主人はですね、えぇ、人間でいうところの『さつじんはん』というものでしてね……。 まあ猫の僕からすればどうでもいいようなものなんですが……。 とにかく主人は『けいさつ』とやらに追われていまして。 毎日寝床が変わって、そりゃもう大変ですよ。 そんなある日です。ふと、主人は本当に悪い人なのか……と考えてしまいまして。 考えれば考えるほど、主人は悪い人じゃない気がするのです。
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こないだなんかね、小さな女の子が転けて泣いてるのを見て自分まで泣き出しちゃうんですよ。そりゃもうあんた、一緒にいるこっちが恥ずかしくなるくらいに大泣きするわけですよ。 そうそう、それからこんなこともありましたね。道端に財布が落ちてて、それ拾ったわけですよ、ええ。それで主人、どうしたと思います?交番に届けて、直後に鬼ごっこ始まったんですよ。これには呆れましたね。 まぁ、それよりも何よりもーー
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僕の事を助けてくれた人ですから。 えっへん。ここは誇るところですよ皆さん。 そう、あれは冬が終り始めた夜のことでした。僕は若い人間数人に虐められていました。自分より小さい生き物を虐めて遊ぶ、という気持ちは分かります。僕達猫もネズミで遊びますから。 でも自分の身になるとこれはたまったもんじゃないですよ。 このまま死んでしまうんだ、そう思った時でした。ご主人が助けてくれたのは。
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主人は、いじめられている僕をみるなり、こいつを虐めるくらいなら俺を虐めてくれ!って言い出したんですよ。しかも、大泣きしながら。これにはみんなドン引きでした。正直言って、僕も少し引いてしまいました。はい。 しかし、僕を助けてくれた恩人です。それはそれは、言葉では言い表せないほど感謝しました。 そして、その日から僕と主人の共同生活が始まったのです。
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おや、そうこう言っていたら主人が起き出してきましたよ。僕の耳や顎をかいてくれるんですが、いつももうちょっと右、って感じなんですよねぇ。 主人の眼はいつだって泣き腫らしてパンパンのピンク色。人間の中でも大男と言っていい部類でしょうから、一見して怪しく不気味ですよね、はい。 そもそもどうしてこんな人が『さつじん』なんて罪を犯したんでしょう? もしくは何故疑われているんでしょう? 小首を傾げます。
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はて、ミルクを用意してくれた主人が今日にかぎって神妙な顔つきで話しかけてきます。 『しおどき』‥『じしゅ』‥ 難しい言葉ばかりでしたが、主人の言いたいことは僕にはわかったつもりです。以心伝心といいますか。 そして主人はそっと僕の首輪を外しました。
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しかし、自由になったとしてもかえるところなどあるはずがありませんから。主人についていくことしか出来ません。そういえば、主人の言う「しおどき」「じしゅ」と言うものは何なのでしょうか? などと考えていると… 主人が居ないではありませんか⁉
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僕は必死で探し回りましたよ。ええ、そりゃもう必死で。なぜなら僕はもう主人無しでは生きていけない猫になってしまったのですから。それで見つけたんです主人を、森の中で。手には包丁。足元には・・。 「おや、ついてきてしまったか。もう猫を飼うのは『しおどき』だと思ったんだけどね。証拠をたくさん残してしまうから。僕はもっと『じしゅ』的にこの欲求を満たしていきたいんだ。でも居場所がないなら仕方無い。おいで。」
- 完 -