殺し屋、雇いました

家に帰ると、リビングに見知らぬ若い男がいた。思わず声をあげかける。 男は携帯の液晶に向けていた視線を上げ、入り口で立ち尽くす私を凝視する。そして、笑った。 「どーも、殺し屋です」 親しげに軽く手を振りながら、男がこちらに近づいてくる。 「丁度よかった。俺には何がなんだかさっぱりなんだよ」 男はリビングの一角を手に持ったナイフで指し示し、 「なにせ、依頼対象が既に死んでいたなんて初めてのことでね」

てとら

11年前

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ナイフが指す方へ視線をやる。 リビングには黒を基調としたソファを置いているため、丁度殺し屋が指し示した先は死角で此方からは見えない。 「…なに?死んでる?」 精一杯言葉を絞り出せたのは、殺し屋のいう依頼対象だったものを目視してないからだろう。 殺し屋は、困ったなぁと、ちっとも困ってなさそうに呟いた。 「俺殺してないから、これじゃ契約不履行になるんだけど。あんたこの家の人でしょ?なんか知らないの?」

じんしん

11年前

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「な、何も…」 「 本当? 実は俺の上司、個人情報だって言って契約者のこと何も教えねーんだ」 「はぁ……」 「まぁそんなこと、お前に話しても無駄だね」 殺し屋はどうぞ、と呟き、ソファの裏を見るよう私を促した。私はその惨殺死体を見て絶句した。 「そ、そんな…」 「お前が契約者でないなら、俺はお前を殺すけど…」 「わ、私は」 殺し屋は私の喉にナイフを突きつけた。 「私は?」 「私が…契約者です…」

11年前

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殺し屋は見定めるように私に視線をはわせ、ナイフの腹で私の首を叩いた。 「ふぅん。お前が契約者ねぇ」 私は口内にたまった唾液をのみくだす。 もちろん私は殺し屋のいう契約者ではない。しかし違うと言えば“彼”のあとを追うことになることは分かり切っていた。 「はい、私があなたの上司に依頼を。必要以上の干渉をさけて」 渇いた喉から必死に言葉をしぼりだした。 自分の口のうまさは嫌気がさすほどだ。

m.hatter

11年前

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男がふと顔をあげる。 意外。とでも言いたそうな瞳に覗かれる。 「へー……。 虫も殺せません! ……って顔してるのにね」 猫のように細められた目は、私の奥深くを見られているようで、ひどく居心地が悪い。 しかし、下手に身じろげば嘘を吐いたことがバレかねない。 意識して顔の力を抜けば、視線はそのままソファの裏へと移された。 「んで、質問。 アレは君が殺したってワケじゃないよね?」

名無し

11年前

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「私は君に依頼したというのに、どうして自分の手で殺さなくてはいけない?」 「だよなー。依頼しておいて、気が変わったからと言って自分で殺すバカなんざ、みたことねえよ。だったら、初めから自分でやれよ、って話だ」 殺し屋はみせつけるようにナイフの腹をぺちぺちと叩く。 「その論理で行くと、こいつを殺した犯人は行方不明ということになる。アンタは実に運がいいんだな。そしてこいつは運が悪い」 殺し屋は嘲笑う。

aoto

11年前

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「で、どうする?」 くるりと殺し屋は振り返り、道化のように戯けたポーズをとってみせる。 「依頼対象はこの通り、契約と無関係に殺されてしまった。このままじゃ契約不履行になっちまいますが、どうします、“契約者”様?」 こちらを試すような視線。もしかしたら殺し屋はもう、私の嘘に気付いているのかもしれない。けれどここまできたら、私も押し通す他ない。 「では代わりに、この人を殺した犯人を、殺してください」

11年前

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(ーー)… 殺し屋の様子が一変した。 ソファに深々く座り、手にしたナイフで遊戯しながら何かしらの決断を探しているようだ。 私は額から流れる冷汗を感じ、脈絡無いこれまでの言動が好転する様にと、平静上水面下でパズルのピースを探している。 「ふふっ、それは俺も気になる所でね、仕事上こう言う事があると気分が萎えるんですよ… だから、必ず突き止めて見せましょう」 「お願いします」 因果関係を経つために…

唐草

11年前

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「でも、俺も運が良いな。前の依頼は誰かが勝手に殺ってくれて、そんでその誰かを俺が殺れば、一人殺して、依頼二つ分になる」 まるで最初の依頼を自分の手柄にするみたいだ。嘘の契約者とは言え私の前ででっち上げる気なのか? 「もう行くわ」 男は立ち上がってから、私にニヤリと笑った。 「俺がここで誰も殺してないの、本当の契約者様には内緒にしてね。アンタの依頼“も”ちゃんと殺るから」 私の嘘はバレてたらしい。

アオトキ

11年前

- 完 -