鏡の中の彼女

(可愛くなりたい…) 親がローンを組んで買ったマンションの一室の、それほど広くもないお風呂場の鏡を覗き込む。 目の前には覇気のない顔がひとつ。眠たげにみえる一重まぶたに、小ぶりの鼻と厚めの唇。頬には肉がついてるし、胸は小さいのにお腹はでてる。気にいってるとこなんて、下まつげの長さくらい。 「こんなのじゃ、絶対報われないよ」 同じクラスの学級代表を思いながら、ひとつふたつため息をこぼした。

h4ruka

13年前

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文化祭でミスコンをという案は、毎年出されては却下されるのが「伝統」だった。 それがなぜか、私の在学中に伝統は覆った。そして学級代表には、よりにもよって大嫌いなあいつが選ばれた。 教壇に立ち、バカ男子の熱烈なコールをなだめると、あいつは時折私に目をやりながら、嫌味ったらしい謙遜と戸惑いの言葉を口にしたが、顔には自信が溢れていた。 「あんなやつ…」 美容師の姉に愚痴メールを送りつつ、私は唇を噛んだ。

fab

13年前

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あいつは学年集会でも意地を通し、ついに文化祭では、ミスコンが開催されることが決定された。 ミスコンでは、各クラス3人の美人が争うことになっている。 だけど、その前に、 クラスの出場者を決める「予選」があるのだ。予選では、クラス全員の前で、本番さながらの自己PRをしなくちゃならない。 クラスの女子全員が。 あいつは私を見て、ここぞとばかりに大笑いするに違いない。

cloche

13年前

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もともと私は人前に出るのが嫌いで、予選が重荷で心が曇ったままいると、予選は来週に迫っていた。 選ばれることはないだろうけど、いや絶対にないだろうけど、ミスコンの予選に出るんだから…と思い、姉の美容室に行く。 姉は私の髪をばさっばさっと躊躇なく切り、私はショートカットになっていた。 「案外似合ってるわよ」 そう言いながら、姉は私の髪に仕上げのワックスを塗ってくれた。 翌日の学校は大変だった。

milk

12年前

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(なあ、あのコ誰?俺のタイプなんだけど) (知らねぇよ。転校生?抜け駆け無しな) (あのショートのコ、誰?可愛くね?) (何か和な感じでいいよね) どういうつもりなんだろ。クラスの誰もが私の事をわからない知らないという素振りでヒソヒソと話していた。しかも嫌味たらしく、可愛いだとかタイプだとか吐かして。 私は新たな虐めが始まったなと溜息を零し、そして、視線を上げた。すると目の前にあいつがいた。

真月乃

12年前

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「何その髪」 「……」 あいつの言葉は無視。どうせ嫌味を言われるなら、声を出すエネルギーが勿体無い。 「聞いてんの?」 私が無視していることや髪を切ったことで、あいつの顔は歪んでいた。……ぶっさいく。 「あんたのこれは飾りなの?答えなさいよ」 あいつは私の右耳をつねる勢いで掴む。痛い。 「…やめて」 私の口から出る言葉は弱々しい。強く言い返せない自分に、こんな奴に怯えている自分が腹立たしかった。

ミノリ

12年前

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逃げるように落とした視線の端で、まだ級友達がひそひそやっている。どうせ、彼らにとっては見せ物だ。 「やめなよ」 私達は、揃って顔をあげた。二人とも、予想だにしていなかったのだ。見せ物に、二人のいざこざに、誰かが入り込むなんて。 顔をあげてさらに驚く。全員が、こちらを見ていた。 ああ、人って皆不細工なのかも、と私はとぼけたことを思った。春から共に過ごしてきた級友が、急に別人に見えた。

sir-spring

12年前

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皆の間抜け面を見ていたら、笑えてきた。 小さい目を少しでも大きく見せようと、いつも顔面が痛くなるくらい見開いていた。 分厚い唇を見られたくなくて、いつも話すときは口元を手で隠していた。 それがちょっと髪切ったくらいで、可愛いだって、馬鹿馬鹿しいたらありゃしない。 「あんた何が可笑しいの?」 あいつがマジな顔で聞いた。 「私は私の顔が好き だってこれしか持ってないんだもん」 言ったら、スッとした。

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──以来、彼女は明るくなり、容姿を過度に気にすることもなくなった。 醜形恐怖気味とカウンセラーから聞き、級友たちに協力を仰いで一計を案じたのだ。些か荒療治ではあったが。 鏡の中の自分がどう見えたかは察せないが、彼女は醜い娘でない。ただ自分を嫌い、受け入れられずにいただけだ。 自分の顔と自分自身を好きになれた今、全てが変わることだろう。 級友たちと笑い合う彼女を見て、担任教師は安堵の息をついた。

misato

12年前

- 完 -