とあるビルの一角に佇む、一軒のお店。 目立つ訳でもなく、ほんの小さな喫茶店。 ーそんなお店で起きた、不思議な物語ー 「ごめんなさい。もうラストオーダー過ぎてしまってますので….」 夜も遅く、閉店間際に店を訪れたスーツ姿の青年はそう告げられる。 「遅くにすみません。少し店長さんとお話したくて…。今日はご不在ですか?」 青年がそう話すと、お店の少女は答える。 「店長は私ですが…?」
- 1 -
「君が、店長…?」 青年の様子を見て少女は訝しんだが、テーブルを拭く手を止めてきちんと向き合い答える。 「はい、そうですが」 「えっと、最近引き継いだとか?」 「いえ、二年前からここで店長として働いています」 少女は見た目は幼いが、実際にはもう二十歳を超している。確かに若い店長ではあるが、小さな喫茶店なので何とかやってこれたと説明する。 「そんなバカな…」 青年は明らかに動揺している。
- 2 -
「あの。用が無いなら、閉店しますが」 「ああ!ごめん!えっと…」 全てのテーブルを拭き終え、淡々と窓のブラインドを降ろしてゆく少女。青年は次手をどう出るか思いあぐねる。 「…ここに探偵がいるって聞いたんだけど、合ってる?」 おずおず彼女の方を見る。 「15分」 「え…」 「15分したら、私帰るから」 話すつもりなら手短かに。少女はまだ看板を出していた事を思い出して、入り口へ向かう。
- 3 -
「どういう用件?」 少女は喫茶店をやっていた時とはうってかわって、きびきびとした口調で尋ねた。 青年はまだ話についていけないようで、目を白黒させている。 「弱ったな。てっきり髭面のマスター的な人かと思ったから。まさかこんな、可愛らしい少女とは」 「用がないなら帰りますけど」 「……あ、いやいや、用があってきたんだけど」 少女を慌てて引き止めて、青年は話を始めた。 「人を探してるんだ」
- 4 -
青年は写真を取り出す。 そこに写し取られていたのは、20代とおぼしき美しい女だった。 女の整った容貌の中でも特に目を引くのはその瞳。 少女は口を開く。 「これは……虹彩異色症?」 「こうさ、何?」 「オッドアイのことです」 右目は青く、左目は紫。 深く吸い込まれそうな双眸。 「それともカラコンでも入れてるんですか?」 青年は少しの沈黙の後、少女の問いを否定した。 「いや」
- 5 -
「きっと、君の言ったオッドアイというやつなのだと思う」 「それなら調査は捗りそうです。ちょっとツテがありますから」 「ありがとう」 「コーヒー飲んでいかれますか?」 「頂きます」 少女の持ってきたコーヒーはとても薫り高く、高揚した気分が落ち着いた。 「その方とはどういう関係なのですか?」 青年が写真の女性に想いを侍らせ、語ろうとしている時、事件は起きた。
- 6 -
一瞬目の前が眩んだかと思うと焦げ臭い…、何がが燃えるような匂いがした。 「⁉︎…なんだ…⁈」 「大丈夫?お客さん。…これだから長居はしたく無かったのに…ねぇ?立てる?」 「ええ。」 と言って立つと彼女はおもむろに床板を剥がしたかと思うとその下から見えた扉の中に身を滑り込ませ、 「ほら。貴方も。」 と言って僕を促した。 そこは地下道のような所だった。 「こんな仕事をしてると命、狙われるんですよ。」
- 7 -
地下道から周りを確認して地上にでる。そこは、繁華街の路地裏のようだった。 「ここから大通りにでて、すぐに駅があるから何駅か離れて。念のため今日は家に帰らない事。背後にはくれぐれも注意してね」 そう言って紙を手渡される。 「これは……?」 「その日にその場所にきて、依頼料もその時に貰う。漏れたら貴方を潰すから」 それだけ残すと少女は再び地下道へ潜って行った。 数日後、ある店に青年はやってきた。
- 8 -
「情報は漏れてないわよね?」 「あぁ。」 「見つかったわよ。あの写真の娘。でも、貴方はもうあの娘には合わない方がいいわね。」 「どうしてです?」 「貴方…彼女に命狙われてるわよ?彼女は裏の社会の人間ね。それでも会いたい?」 「はい。」 「そう。なら止めはしないわ。」 「ありがとうございます。お代は?」 「要らないわ。」 次の日彼は死体で見つかった。 「だから言ったのに。これで20人目。」
- 完 -