「圭ちゃん何食べたい」 「僕は何でもたべるよママ」 圭太は要求をしない。わがままを言わない。それは一見いい子にしているようだが親としては、悩ましい。一体いつからこうなったのだろう。いつから親の顔を伺って親に従順な子供になったのだろう。 「何でもって…」 「だってママが作る料理は何でもおいしいから」 そう言われて嬉しいが、圭太の本当答えじゃない。 圭太は心を閉ざして自分を繕う。 要求をしない。
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「圭ちゃん、ママに食べたいものを言っても良いのよ。圭ちゃんのために作ってるんだもの。」 私は女手一つで圭太を育てている。父は圭太が2歳の時に交通事故で亡くなり、その時から私は圭太を大切に育てると誓ってここまで育ててきた。 「ママが食べたいものが僕の食べたいものだよ。」 また私の顔をちらっと見て、すぐに心を閉ざすように下を向いた。 圭太はどうしたのだろうか。最近はその事が頭から離れない。
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「ええとね、ママ、毎日毎日決めてるじゃない?だからね、思いつかないの。ママを助けて欲しいな。うーん、ヒントない?」 こうすることで根本的な解決にならないのはわかっていたけれど、今はともかく少しでも圭太の本心を垣間見たい。すると、圭太は少し近づいて来て、私の胸を指した。 「パパに訊こう」 圭太が指したのは、私のロケットだった。 このロケットには今より更に幼い圭太と亡き夫の写真が入っている。
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「うん、そうだね」 こうなるともう圭太の本音は聞けない。仕方ない。 私たちはおまじないのように、紙飛行機を折って、室内に飛ばす。紙飛行機が降りたところにあるものや、それに関連するもの。占いのように物事を決める。パパの意志という名の下に。 紙飛行機は、散らかったままの部屋を飛び越え、玄関に置きっぱなしだった圭太のランドセルに刺さるように落ちた。 圭太が、どうしてか、少し笑った。
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もしかしたらチャンスかもしれない。 「お父さん、圭太の食べたいものが食べたいって」 そう言うと、圭太は笑った顔のまま眉毛を下げて、困ったように黙った。 あー、また。結局ダメだったんだな。 ここまでは何度かいったことがある。笑った顔までは。 「ごめんね。じゃあ黒いランドセルに落ちたから…」 「…ムライス」 「え?」 「オムライスが…食べたいかな」 思わず涙がでそうになった。圭太の意志だ!
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「ほら、お父さんオムライス好きだったでしょ?」 困った顔のまま少しうつむいて、また顔を上げた。 「ダメ、かなぁ?」 私は急いで全否定する。 「全然ダメじゃない!!じゃ、作るね!オムライス!」 そこまで言って気付いた。私は夫が事故に遭ってからオムライスを作ったことがない。 私の言葉を聞いて、圭太は弾けたような笑顔になった。 こんな笑顔、久しぶりに見た。
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「おいしい?圭太」 「…うん、ママの作るものならなんでも美味しいよ」 いつも圭太が私に言う言葉。でもその中に、喜色が含まれている。 お行儀よく食べる姿勢も、いつの間に前のめりになり、食べるのに夢中になっている。 嬉しい反面、チャンスは今しか無いと思った。 「圭太」 「ん、なぁに?ママ」 「圭太は、寂しい?」 圭太の顔がひどく強張る。 「圭太、お願い」 教えて、圭太の本当の気持ち。
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「…泣いてもいいんだよ」 恐る恐る言ってみた。 我慢なんてしちゃいけないんだ。子供だもの。我儘でいなくちゃ。 むかつく。 圭太はぽつりとこぼす。 後はまるで防波堤が決壊するように、言葉と涙を溢れさせた。 パパはお空の上にいるって。それが本当なら神様はどうしてパパを返してくれないの。神様はみんなを幸せにするんじゃないの。 ママはどうして泣かないの。パパのこと好きじゃなくなったの。忘れちゃうの。
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分かっていた… 本当は分かっていたんだ。 圭太が何を我慢してたのか。 分かっていたはずなのに、私は、圭太からの言葉が欲しかったのだ。 パパに帰って来て欲しい… それは私の中で閉じ込めていた物。 本当は耐えられなかった。私一人じゃ… 「泣いてるの? ごめんママ。僕がママを守らなきゃいけないのに…」 ママを守らなきゃいけない…パパの口癖。 私は嬉しくて、泣きながら笑っていた。 「大丈夫よ」
- 完 -