気付いた時にはもう遅かった。 こめかみには拳銃が押し付けられ、身動きが取れなくなっていた。 「死ぬ前に言い残すことは?」 その声にはっと我に帰った。 それは親友の声だったからだ。 「親友に殺される気分ってどうなんだろう」 彼はゲームでもしているように楽しそうに笑い、抑えつける手に力を込める。 もう終わりだ、と思ったその時だった。
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「ちょっと待て。お前は何をしているんだ。」 親友の父親のケンさんが近いてきた。あの人はいつも優しい人だ。助けてくれるだろう。 「確かにお前に拳銃の使い方を教えた。だが、使う時には それなりの理由がなければならない。何があったんだ?」 え、すぐ助けてくれるんじゃないのか? しかも、ケンさんが拳銃使ってるって? 警察官でもないのに。優しい人じゃなかったのか?
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「ムシャクシャしてやった。反省はしていない。それでは駄目か……?」 親友のリュウに、父親のケンが叱る。 「ダメだ。全然理由にならない」 「くそっ!」 リュウは、銃口と父親とを恨めしそうに見ている。とりあえず俺は、命びろいしたようだ。しかし、予断を許さない。 ケンが両手をオーバーに広げる。 「推理小説だって、エンターテイメント性が無ければ、読者が納得しない。そいつを殺す事に、ドラマはあるか?」
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「衝動的な殺人なんて、ただの事故と同じだ。殺人が殺人である為には、ドラマこそが必要だ。それを蔑ろにするなら …今此処でお前を殺す!」 ケンが興奮気味に叫んだ。 言っている事が凄まじく矛盾している。 即ち、狂人である。 息子を叱るマトモな父親を期待していた俺は、上を行くイカれた言動に深く落胆した。 「親父、俺が悪かった。」 リュウは銃を突き付け言った 「ジュン。なんかいい動機ないか?」 俺に聞くな。
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「考えろよ。でなきゃ今すぐお前を殺すぜ」 脅すように銃口が揺れる。 くっ、この狂人親子め。 動機を考えなきゃ俺は殺される。しかし考えたところで、その動機に従って殺されるんじゃないか? 冗談じゃないぞ。いったいどうすればいい。 たとえば、この親子が殺し合う方向へ持っていくとか? けど、目の前で殺し合いなんて嫌だしな。 となると、殺意自体が吹っ飛ぶような、凄いドラマを思いつくしかないか。
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「……あるところに、ニ人の男の子がいました」 考えろ。絞れ。命のために。 物凄いドラマを作ってやれ! 「彼等は性格こそ違いましたが…毎日一緒に遊んで…楽しく暮らしていました…でも」 「でも?」 「そんな日々は唐突に…終わりを告げてしまったのです」 友人とその父が黙って睨んでくる。 俺は神妙な顔つきのまま語った。妄想を。 「二人は…そう、禁断の技術、タイムトラベルを完成させたのです」
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「しかも、ただのタイムマシンではありません。タイムシップという大人数を一気に運ぶ事ができる船体型タイムマシンだったのです」 「おお、それはすごい!」と父親のケンが感嘆し「それで? それで?」と息子のリュウが身を乗り出してくる。 俺は話を続けた。 「二人は、そういうタイムシップをたくさん作ってタイムフリートという時間移動艦隊を組織したのでした。それで、その艦隊の提督の座を争う事となったのです」
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「ここで拳銃か。ドラマチックだな」 父親の食いつきは抜群。これで、殺人の動機は整った。後は肉付けをして、殺意の吹き飛ばしを… 「ジュン、ようやく記憶が戻ったんだな」 リュウが話を遮った。 「提督の座を争っていた俺たちだが、タイムシップの副作用までは気づけなかった。時空移動を行うことで一人の提督の記憶が失われた。ジュン、お前のことさ。俺は提督の座を奪うためお前を追ってきた」 え、この妄想真実なん?
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いや、そんなはずは… もしかして話に乗ったとか?よし!これはチャンスと見よう。 「ああ、だけど、一時的とはいえ、記憶を失っていた。こんなやつ、提督の資格もないな」 「何が言いたい?」 「お前に…提督の座を譲るよ」 よし!いい感じだ! 「そうか、ありがとよ」 そう言ってリュウは俺に銃を向ける。え?ああそうだった。殺す前提での話だもんな。 最後の記憶の瞬間、リュウの後ろに艦隊が現れるのが見えた。
- 完 -