咲イタ 咲イタ 桜ガ咲イタ 僕ノ庭ニ 桜ガ咲イタ 綺麗ダケレド 儚イ桜 僕ノ母様ガ 植エマシタ 母様ハ トウノ昔ニ 死ニマシタ
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新しい家に引っ越して来た。立派な桜の木が生えてる家だ。 我が家も決して裕福な家ではないはずなのに、こんなにいいとこに住めるなんて。 そんな余力はないはずなのに… 両親に聞いても、言葉を濁すだけだ。 住み心地は悪くないし気に入ってる。ある日桜の木の下から、古ぼけた缶とその中に入っていた手紙を見つけるまでは。 桜ガ咲イタ…母様ハトウノ昔二死ニマシタ? 以前住んでいた人の悪ふざけだろうか?
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紙の具合からしても最近の気がしない。少しでも強く扱ってしまえば粉々になりそうなそれをそっとポケットに忍ばせた。 両親に聞いてみよう。 そもそも、納得のいかない事が多い引越しではあったのだから、それをすっきりさせればいい。居心地はいい場所なのだから。 と、視線の端に何かが舞う。 まさか。 顔を上げると真っ白な桜の花びらが、満開の桜が散るほどの量、散っていた。
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ーーどういう、ことだ。 驚いて目を見張る。その間にも白い桜は散り積り、視界を埋め尽くす。 途端、目眩が僕を襲う。ぐらりと地面が歪み、その場へしゃがみ込んだ。 『母様、僕、桜が見てみたいです』 モノクロのフィルムのように、映像が脳内に流れ込む。狭い和室。白い布団に横たわる自分の身体、傍らで佇む美しい女性。彼女が微笑んだと同時に、映像はふと途切れ、目眩も治まった。 桜の花は変わらずに降り注ぐ。
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桜の花びらは全てを散り、ハゲた幹の下には桜の花びらの絨毯が出来上がっていた。 そこへ両親がやって来て。 「お前、何やってるんだ?! 桜の花びらを全て落として何考えてるんだ?!」 「え、これは僕じゃないっ」 「嘘はダメよ、ケンちゃん」 両親は信じてくれず、お仕置きだと言って僕を納屋に閉じ込めた。
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何故両親は信じてくれないのか… 僕は納屋の中でひたすらそのことばかり考えていた。 しかし、考えても考えても答えは出ないばかりか、暗闇ということも手伝って悪い方へ悪い方へと思考が働いてしまうのだ。 そうこうしている内に5日も過ぎた。 僕の身体は既にボロボロになっていた。 両親はまだ僕を許してはくれない。 僕はこのままあの桜のように散ってしまうのだろうか。叫びすぎてもう声が出ない…
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こんなにずっと納屋に閉じ込められたままなんて、おかしい。叫べども叫べども誰も来ないなんて。両親は確かに厳しいが、ここまで常軌を逸したことはしない。 ポケットから古びた手紙を取り出す。そっと開くと、はらりと一枚の花びらが落ちた。初めて読んだときに挟まったんだろう。 また、くらりと目眩がした。 『ケンちゃん、桜を見せてあげましょう。だから、春までに元気になるのですよ』 母様と呼ばれていた女性の声。
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ケンちゃん…? 不意に記憶がフラッシュバックする 「嘘はダメよ、ケンちゃん」私を呼ぶ母の声。違う、そうではない 私の名前は、ケンちゃんなどではない ケンちゃんは、この古ぼけた手紙の書き主だ 頭痛が酷くなって行く。いつの間にか、私は自分のことをケンちゃんとして納得していた。それだけじゃない。父のことも、母のことさえも。私をここに閉じ込めたのは、私の両親ではなかった! ひとひらの桜が舞い込んできた
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思い出したよ。 僕は桜を待たず死んで、悔しくてずっとここで見てた。 母様を殺したのは叔父さん達の仕業だよ。この屋敷を横取りする為にね。 敵討ちに従弟の体を借りたよ。段々僕と似てくる従弟が怖くなって納屋に閉じ込めたのが運の尽き。嘘はダメだよね母様。 ーーー赤色灯が明滅する庭。桜の根元から白骨遺体が見つかった。 しかし、事件発端となった手紙は未だ発見されていない。白い桜がいつ迄も舞い降りていた。
- 完 -