そのロケットから始まったこと

出来上がったのは少し不格好だけど、世界にただ一つのロケットだった。 日本人初の有人宇宙飛行が成功したというニュースに影響された僕は、早速週末にペットボトルロケットを作ることにした。四苦八苦しながらもロケットは無事に完成した。 近所の河原でロケットの打ち上げが行われた。ロケットは放物線を描いて遥か遠くへ飛んで行った。宇宙には届かなかった。 大人になって、僕は宇宙旅行のツアコンになっていた。

minami

11年前

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あんなに必死になって作ったロケット、飛ばなかった作り物とは大違いの本物が、僕の目の前にどんと居座っている。 当初、富裕層向けのツアーだったが、近年対象を拡げつつある。昔打ち上げたペットボトルロケットの、その行くはずだった先を見たくて僕は大手旅行会社へ就職、ツアコンになった。 人よりも多く、宇宙の中を巡った筈だ。 しかし『本物』を見れば見るほど、何故か昔持っていた胸の高鳴りがくすんでいく様だった。

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そして宇宙への興味を失っていったのは僕だけではなかったようだ。 考えてみれば、他の天体を訪れるわけでもない、地球の周回軌道に乗り無重力を体験して戻ってくるだけの、たかだか数時間のツアーだ。旅行者たちも初めての宇宙に大喜びはするものの、決して安くない費用も考えると、二回三回と参加するようなリピーターは稀だった。 利用者の増加を見込んで新造された大型のロケットも、近頃は空席が目立つようになってきた。

saøto

8年前

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潜在顧客に刺さる企画を考えるのがお前の仕事だろ、と上司からは責められ、かつて宇宙に抱いていた憧れや夢は消え失せていった。あれほど胸を焦がした宇宙がただの現実になっていることに気づいた時、僕は会社を辞めた。 それから、微々たる退職金と崩した貯金を集め、競合社だった宇宙ツアーに参加した。 仕事を抜きにして宇宙を見るのは初めてだった。

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競合社も顧客に刺さる企画の発案には至難しているようで、ウチのツアーと比較的代わり映えはしなかった。 派手なことをしたくても、成立した宇宙法の中では出来ることが限られてくる。顧客の安全、予算云々を考慮すれば辿り着く結論が似通ってくるのも無理はない。 手に届かないものだから、遠い存在だったから、あの頃の宇宙は輝いて見えていたのだろうか。宇宙そのものではなく、手に届かない夢の方を僕は愛していたのか。

aoto

8年前

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だけど僕は欲しかった。あの空のひとかけらでもかまわない。輝かしくて、希望に満ちた何かが確かにあるのだ。夢が壊れてしまった今ではもう遅いのだろうか。どうすれば手に入っていたのだろうか。 ふと河原を歩いていると、ペットボトルロケットを持った青年を見つけた。ロケットは明らかに彼の年齢にそぐわなかった。 見た目のわりに子供っぽいことをするんだな。馬鹿らしい。と、僕は思った。思ってしまった。

夏草 明

7年前

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馬鹿らしいのは僕の方だ。ペットボトルロケットを手にした青年は、過去の僕だったのだから。純粋に宇宙を夢見て、不恰好なロケットでも飛ばそうとしていた、あの頃の僕。 そうだ。こうしてロケット片手に河原へ来たんだ。本当に、宇宙まで飛ぶと信じて…。 そして、宇宙は果てしなく広くて、見たことのない物があると思っていた。 そこまで思い出してハッとした。それに呼応するように、青年はこちらを振り向いた。

haduki

6年前

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「なあ、君」 思わず走り寄っていた。 「それ、いまから飛ばすんだろ?一緒に飛ばさせてくれないか」 一気にまくし立てた僕に、彼は面食らったようだったが、少し落ち着くと言った。 「いいッスけど…」 河原の真ん中にペットボトルロケットが設置されている。何人かの子供達がそれを取り巻いて眺めていた。 先ほどの少年が、ペットボトルに空気を送り込む。 「3、2、1…」

Utubo

6年前

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「発射ぁぁぁっ〜!」 「わぁぁ〜!」 「やったぁぁ〜!」 「飛んだ、飛んだぁぁ〜!」 色々な声があがった。 あの頃の僕は、どんな声をあげたんだっけ? それは思い出さなかったけど、今は「おお〜!」とおっさん声をあげているのは実感していた。 この時思ったんだ。 ロケットの行き先を宇宙に作ればいいんだとね。 「宇宙ホテル」建設計画を実行に移す為の会社を設立する苦労話は、またの機会にお話しましょう。

- 完 -