薄暗い裏道を雪は足早に進んでいた。彼女の整った顔には不安、恐怖の表情が浮かんでいる。 遠くで鳴っているサイレンの音や赤いランプ全てが自分を追っているのでは、と気が気でなかった。 昨晩、帰宅した彼女の部屋で見知らぬ男がベッドの上に死体となって転がっていたのだ。恐怖のあまり彼女は逃げ出した。 自分を孤独から救ってくれた彼女達なら、力を貸してくれるかもしれないと高校時代の友を訪ねてみることにした。
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冷静沈着な藍を頼ろうと思っていたが、生憎電話は繋がらなかった。看護師の紫は夜勤もこなすので気が引ける。三人目葵には繋がった。 「おーユッキー。どうしたん?」 葵には、帰ったら知らない人死んでた、といっても、何それ怖いwと笑ってくれそうな明朗さがある。 「じゃあさ、ひとまず、家おいでよ」 葵は雪を招くと、蜂蜜入りのホットミルクを出してくれた。 「事情聞いたんだけど、やっぱ私じゃ無理だわ。他頼ろうぜ」
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案の定な葵の言動に顎が外れそうになった。 でも確かに私たちじゃ無理だよね。 状況を明かせて肩の荷は相当降りた。 やっぱりこういう時は 「藍しかいないよ。藍の家行こ。」 二人の意見は一致した。 藍が住むのは葵の家の近所。 藍はまるでコンピュータ。 有能な科学者頭脳だとか 当時の大人たちはこぞって言ってた。 「ユッキー見て!玄関鍵開いてる。 なんだ、藍いるんじゃん?」 葵が藍の部屋の玄関を開けた。
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一人暮らしの藍の部屋は、真っ暗だった。 「藍、入るよ」 屈託なく、葵は部屋に上がる。 追おうと玄関で靴を脱ぐと、葵のものではない靴にぶつかった。 藍が履きそうにない、大きすぎるスニーカー。 (え?) 葵は電気のスイッチを探している。 部屋に漂う妙な臭い、つい最近嗅いだことがあるような… (まさか) ばち、と視界が明るくなる。 ぎゃっ、と葵が声をあげるのを、どこか遠くに聞く。 既視感。
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見知らぬ男が死体となってベッドの上に転がっている。身体の内側から背筋をなぞられたような、いてもたってもいられない恐怖が蘇る。 思わず見合わせた葵の顔は蒼白だった。 藍の姿は部屋にない。 「駄目だ、他のみんなにも連絡しよう。桜がいいかな、それとも茜?」 葵が震える指でめちゃくちゃにスマホをタップする。そこへ、突然雪の携帯から着信音が鳴り響いた。表示は漆。慌てて電話に出る。 「助けて、雪……!」
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「漆、どうし…」 「ぎゃああああぁぁっ!!!」 雪の問いかけを遮って聞こえてきたのは、何故か漆じゃない、男の断末魔だった。 いきなりの大音量にか、それともこの異様な状況にか、はたまた声のせいか、二人は震えが止まらなかった。 プルルル… そんな中で鳴ったのは、今度は葵の携帯だ。見ると表示は、杏の文字。 「も、もしも…」 「ツギハオマエダ」 機会音。人外の声に葵は悲鳴を上げて、携帯を投げ捨てた。
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二人は走った。 何かに追われる恐怖は走れば走るほどに高まる。 息が切れる… 足がもつれる… それでも、走った。 気がつくと、病院にいた。 「どうしたの?」 まだ、仕事中の紫が困惑しながら聞いてくる。 「あのね、」 話そうとした途端、紫の胸元から電子音がなる。「ちょっと待ってね」そう言って電話に出ようとした紫を慌てて止める。 「「ダメ!」」 私と葵の声が重なる。
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紫は 「院内用のピッチだから」 そう言って電話を取る。 「はい。救急…」 仕事中の紫の口調は、恐怖と困惑が入り混じる二人と全く対照的だ。 「で、どうしたの」 電話を終えると、紫は話を聞いてくれた。二人は全てを話した。 「そう。まだ警察には連絡していないのね」 「うん……」 「そっか」 少しの沈黙。 「お茶、入れてくるね」 そう言って席を立つ紫から、病院特有とは少し違う、嫌な臭いがした。
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紫が席を外している間、私たちは病院内を見渡した。 「あれ?この病院、紫の名札の病院名と違うよ?」 不思議に思って通りかかった看護師に聞くと、半年前に病院の名前は変わったらしい。「じゃあ、紫は一体?」 紫は一向に戻ってこない。私たちはもはや恐怖心はなかった。紫が心配で直ぐに警察に連絡した。 そして、捜査により旧病院の廃屋で紫の遺体が見つかり、そして紫を殺した犯人は私達の部屋で死んでいた男だった。
- 完 -