暁と夕焼けが出逢えば

紫の夕暮れ。 俯き歩く少女の群れは誰一人この美しき世界に気付いていない。 茜はヘッドフォンを耳に充て、ボーカルの波立つ声を頭に流し込み、五年前を想った。 今日の様な美しい紫を見ると、茜は必ず高校時代の友人『紫』の引き出しを開ける。 歩みを止め、茜は次第に色濃く空を覆って行く紫を見詰めながら、静かに白い息を吐いた。 あの時、私は、間違っていなかっただろうか。

noel*leon

12年前

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高校生活は勉強に費やした。確たる未来があると、信じて。大学は第一志望に。ひと時の安堵。 ただ、道はそこで終わらない。終わらない、終わらない。ずっと教科書と。 空はもう紫を手放して。黒く。どこにいるのか。どこへ向かうのか。 アイルランドの少女が歌う。歌が、好きだった。ずっと歌える日を待ってた、待ってる。 過ぎた日が輝く。私はあのノートに、何て書いたんだっけ。あぁ、会いたいよ、紫、みんな。

noName

12年前

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連絡が来たのはちょうどそのときで、私は、その偶然に感動を覚えた。 re:久しぶりに皆で会いませんか? 葵と漆には連絡が付きました。参加希望なら、返事を下さい。 桜からだった。 なんだ、皆考えることは一緒じゃないか。 私は迷わず返信をして、この小さな同窓会を心待ちにした。 安心してもいい。私は間違ってなんかいなかったんだ。 心が高ぶる。 それに、皆集まれば、ノートも見せてもらえるはず。

aoto

12年前

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幹事の桜から、日時と待ち合わせ場所が送られてきた。ノートを持って集合、と追伸が添えられている。 初下ろしのワンピースに袖を通し、お気に入りのバッグとミュールで。同級生に会う時は、いつもより少し余計に気合いが入る。 ノートを忘れずにバッグに入れて、待ち合わせ場所へ。 思い出の学び舎の近くに最近出来た小洒落たカフェに、桜の名前で予約がとってあった。 通されて席につく。まだ誰も来ていない。

12年前

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窓の外の懐かしい通学路を眺めながら思う。 今日は、紫は来ないのだろうか。 紫の書いた言葉を、改めて読みたかった。 あの深く澄んだ青の下で、密かに赤と混ざる言葉。綺麗なのに、抉る言葉。 直接は言わなかったけれど、彼女の文章に憧れていた。 紫の詩を見て、はじめて茜は曲を作った。こっそり紫にだけ伝え、受験勉強の最中、彼女のピアノと自分の歌を録音して、CDを作った。 いつか仲間と一緒に歌う日を夢見て。

12年前

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コーヒーを注文し、茜はまた通学路に目をやった。ひらひらと踊るように女学生が通っていく。 私たちもあんな風だった。どんなことで笑い、泣いて、怒っていたのか思い出せないけれど、とにかく目まぐるしい毎日だった。 その中で紫だけはずっと変わらないままだった。長い黒々とした髪と規定を守ったスカート丈。そして彼女が生み出す言葉の数々。 彼女はいつだって正しいから、私たちは安心して彼女のそばにいた。

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いつの日だったか、紫が学校に来なくなった。なんの前触れもなく、急に。 私たちは心配になって、紫の家に行った。紫の家には、誰もいなかった。 その少し前に、みんなでノートを書いたんだった。 今までのこと、これからやりたいこと、各々が好きなように言葉にして、ノートに綴っていく。 「懐かしい日々を取り戻せるように」 そう言った紫は、どこにいるのだろう。 会いたい、会いたいよ。

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それは、突然のことだった。 いや、きっと突然なんてものはなくて、或る日突然現れるだけなのかもしれない。 「…紫さんですが、引っ越されました。」 先生、今、なんて? 「…静かに!」 一気にざわめきだした生徒を押さえるように、若い教師は低く制した。 「本人の意向で、別れの挨拶はせずに行く、と。」 先生は、何を言っているの? 紫は、どこに行ってしまったの? 会いたい、会いたいよ。

asaya

9年前

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想いが募る。空が紫色に染まる。 開けた引き出しをそっと閉めた。 「遠い夕日に…懐かしい友の声がする。 紫の空は月とワルツを踊る。」 あの日二人で作った歌を歌った。自然に涙が出る。 「遠い暁に…愛おしい友の声がする茜ざす空は太陽とワルツを踊る。」 何処からか歌が聞こえた。そう。二人しか知らない曲。その歌はだんだん近づいできて。 「紫?」 「久しぶり茜。」 「「もしも二人逢えたら遠い空に唄おう。」」

- 完 -