暁と夕焼けが出逢えば
紫の夕暮れ。
俯き歩く少女の群れは誰一人この美しき世界に気付いていない。
茜はヘッドフォンを耳に充て、ボーカルの波立つ声を頭に流し込み、五年前を想った。
今日の様な美しい紫を見ると、茜は必ず高校時代の友人『紫』の引き出しを開ける。
歩みを止め、茜は次第に色濃く空を覆って行く紫を見詰めながら、静かに白い息を吐いた。
あの時、私は、間違っていなかっただろうか。
- 1 -
高校生活は勉強に費やした。確たる未来があると、信じて。大学は第一志望に。ひと時の安堵。
ただ、道はそこで終わらない。終わらない、終わらない。ずっと教科書と。
空はもう紫を手放して。黒く。どこにいるのか。どこへ向かうのか。
アイルランドの少女が歌う。歌が、好きだった。ずっと歌える日を待ってた、待ってる。
過ぎた日が輝く。私はあのノートに、何て書いたんだっけ。あぁ、会いたいよ、紫、みんな。
- 2 -
連絡が来たのはちょうどそのときで、私は、その偶然に感動を覚えた。
re:久しぶりに皆で会いませんか?
葵と漆には連絡が付きました。参加希望なら、返事を下さい。
桜からだった。
なんだ、皆考えることは一緒じゃないか。
私は迷わず返信をして、この小さな同窓会を心待ちにした。
安心してもいい。私は間違ってなんかいなかったんだ。
心が高ぶる。
それに、皆集まれば、ノートも見せてもらえるはず。
- 3 -
幹事の桜から、日時と待ち合わせ場所が送られてきた。ノートを持って集合、と追伸が添えられている。
初下ろしのワンピースに袖を通し、お気に入りのバッグとミュールで。同級生に会う時は、いつもより少し余計に気合いが入る。
ノートを忘れずにバッグに入れて、待ち合わせ場所へ。
思い出の学び舎の近くに最近出来た小洒落たカフェに、桜の名前で予約がとってあった。
通されて席につく。まだ誰も来ていない。
- 4 -
窓の外の懐かしい通学路を眺めながら思う。
今日は、紫は来ないのだろうか。
紫の書いた言葉を、改めて読みたかった。
あの深く澄んだ青の下で、密かに赤と混ざる言葉。綺麗なのに、抉る言葉。
直接は言わなかったけれど、彼女の文章に憧れていた。
紫の詩を見て、はじめて茜は曲を作った。こっそり紫にだけ伝え、受験勉強の最中、彼女のピアノと自分の歌を録音して、CDを作った。
いつか仲間と一緒に歌う日を夢見て。
- 5 -
コーヒーを注文し、茜はまた通学路に目をやった。ひらひらと踊るように女学生が通っていく。
私たちもあんな風だった。どんなことで笑い、泣いて、怒っていたのか思い出せないけれど、とにかく目まぐるしい毎日だった。
その中で紫だけはずっと変わらないままだった。長い黒々とした髪と規定を守ったスカート丈。そして彼女が生み出す言葉の数々。
彼女はいつだって正しいから、私たちは安心して彼女のそばにいた。
- 6 -
いつの日だったか、紫が学校に来なくなった。なんの前触れもなく、急に。
私たちは心配になって、紫の家に行った。紫の家には、誰もいなかった。
その少し前に、みんなでノートを書いたんだった。
今までのこと、これからやりたいこと、各々が好きなように言葉にして、ノートに綴っていく。
「懐かしい日々を取り戻せるように」
そう言った紫は、どこにいるのだろう。
会いたい、会いたいよ。
- 7 -
それは、突然のことだった。
いや、きっと突然なんてものはなくて、或る日突然現れるだけなのかもしれない。
「…紫さんですが、引っ越されました。」
先生、今、なんて?
「…静かに!」
一気にざわめきだした生徒を押さえるように、若い教師は低く制した。
「本人の意向で、別れの挨拶はせずに行く、と。」
先生は、何を言っているの?
紫は、どこに行ってしまったの?
会いたい、会いたいよ。
- 8 -
想いが募る。空が紫色に染まる。
開けた引き出しをそっと閉めた。
「遠い夕日に…懐かしい友の声がする。
紫の空は月とワルツを踊る。」
あの日二人で作った歌を歌った。自然に涙が出る。
「遠い暁に…愛おしい友の声がする茜ざす空は太陽とワルツを踊る。」
何処からか歌が聞こえた。そう。二人しか知らない曲。その歌はだんだん近づいできて。
「紫?」
「久しぶり茜。」
「「もしも二人逢えたら遠い空に唄おう。」」
- 完 -
作品情報
暁と夕焼けが出逢えば
#3377
- リレー期間
-
3年7ヶ月