初雪に願う

今年初めての降雪だった。 窓に張り付いた結露を指で削ると、白く霞んだガラスの向こうに、細かい雪が舞っているのが見えた。

Y.sugiura

9年前

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積もるほど雪が降るのは珍しく、小学生の頃は親に「積もるかな」としきりに聞いていた。 雪が積もると興奮するが、それを素直に表に出せなくなってきた。 足跡を付けるのは楽しい、でも、やり過ぎるとガキっぽい。 先生は「今が子どもから大人に変わっていく時期」と言っていた。 机の上には進路希望調査の紙。 まだ高校二年と思っていたけど、もう来年のことを今決めないといけないのか。 進学か、就職か。

帽子男

9年前

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こうしたいという自分の希望は、はっきりいって、ない。適当に書いて出そうにも、適当な内容のアイデアさえ浮かばなかった。 どうしたものかと思い悩みながら、手は無意識に紙飛行機を作っていた。しまった、進路調査の紙だった、と気づいた時には、飛行機は飛ばさずにおくには勿体ないほど立派に出来上がっていた。 ガキっぽいなと思いつつ、昔から手先だけは器用だったっけと自分に感心したりもする。

misato

9年前

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しかし、この程度の器用さならきっと他の誰かと同じぐらいなんだろう。 そう思いながら開いてる窓に近づいて紙飛行機を空に投げた。 「……あ。」 またやってしまった。進路の紙なのに。 雪雲から落ちる雪に滑り込むように飛んでいく紙飛行機はそのまま遠く彼方にでも行ってくれるのではないかと思ったが、ポツポツと染みをつくるに連れて紙飛行機は失速してついには近くの花壇に墜落してしまった。 「雪……積もるなァ……」

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悴む手で窓を閉めてから、ノロノロと重い腰を上げて花壇まで向かう。後先考えずに行動した結果の後始末、というのが一番厄介できらいだった。 湿り切った進路調査は、折り目もさる事ながらインキが滲んで、提出は断念せざるを得ない様相を呈している。 (明日、謝って新しい紙もらえばいいか…) どうせ答えはすぐに出ない。 猶予を一日延ばしたところで進路が固まる可能性はきわめて低いが、冷え込む気温に頭は冴えた。

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そうだ! 保健室の雪子さんに聞いてみよう。 彼女はずっと保健室登校を続けていて、謎めいた所があるので、何かアドバイスをくれるかもしれない。 保健室の扉を開けると彼女がいた。 「あら? どうしたの? また鼻血?」 と訊かれたので、照れた声を出してしまった。 「いつもいつも鼻血を出してばかりじゃないよ」 「じゃあ、今日はなぁに?」 と近づいてきた彼女から雪の香りがする。 「これなんだ」と紙を出した。

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「ああ、進路のことか。やっぱ悩むよね。」 僕は、 「なんか、これといってパッとした考えが無くて。」 「うーん、私は進路とかの問題じゃあないからねー。でも、悩んでるなら1人で考えないで色んな経験をしてみるていいかも。」 「えっ、明日提出日なんだけど。」 雪子さんは、 「大切なことだから、期限とかじゃないんじゃない。」 言われてみると、たしかにそうだ。

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「担任の先生には私の方からも言っておくね」 雪子先生は優しい笑顔でそう言ってくれた。 雪子先生にお墨付きしてもらった猶予期間。くしゃくしゃになった調査票は真っ白なままで。まるで、真っ白な空白がしんしんと降り積もっていくような、そんな心地を覚えた。 自分の未来について考えることに期限なんてないはずだ。けれど、それは誰かに甘えているのと同じだ。 雪だっていつまででも降るわけではない。

aoto

6年前

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いつか雪は解け、春が来てしまう。 春は嫌いだ。出会いを生むが、別れの季節でもある。 噂だと、卒業後、彼女は遠くへ行くらしい。 「そういえば、美術館で彫刻の展示が始まったとか」 彼女が不意に呟いた。 雪に足跡を付けるのは楽しい、でも、やり過ぎるとガキっぽい。でも、なんだか今日は自分の痕跡を残したいような気持ちになった。 僕は意を決して口を開いた。冬が終わらなければなければいいと願いながら。

久々井

6年前

- 完 -