ストロベリーショートケーキと俺のポリシー

何を戸惑っている!早く……!! そんなもう一人の俺の声が聞こえる。 しかしもう一人の俺は制止の声を投げかけてくる。 俺はどうしたらいいんだ……? それほどにまで俺が悩む原因。 それは目の前の……

H.Shion

10年前

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真っ白く煌めくショートケーキだ。 ショートケーキを切り分けると、大抵は三角になる。 それを細い部分からフォークで少しずつ食べていくのが俺流の食べ方だ。 しかし… 「やべぇ…倒れるっ…!」 先の方から綺麗に食われていった俺のショートケーキは今にも倒れそうなほど細くなっていた。例えるのならば、ローソクだろう。 倒すなよ、俺… 諦めるなよ、俺…! 早まるな、何か別にいい方法があるはずだ…

アリス

10年前

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不安定になっている原因は分かっている。天を突き刺すように構えた真紅の苺だ。 こいつのおかげで重心に偏りが生まれ、ケーキを食べるのに繊細な技術を必要される。 これを先に処理すれば食事の難易度は格段に下がり、楽しい時間を過ごせるだろう。 「分かっている。分かってるが、しかし!」 俺は苺は最後に食べる派だった。

lawya3

10年前

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そうくれば、最も楽なのは苺を降ろしてからケーキを食べる方法。 俺はふわふわの綿のようなスポンジと、そこにかかった雪と見紛うクリームを無事に食べ終え、ゆっくりと苺を咀嚼することができるはずだ。 …しかしだ… そこにあるのは、真紅のルビーのような、傷ひとつない美しい苺。汚れを知らぬ姫君のような。 俺は、そんな苺にフォークを突き立ててしまうのか?そんなことが許されるのか⁉︎

pinoco

10年前

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いや、許されるはずがない。 愛しい苺姫に突き立てるのは俺の歯だけで十分だ。それまでは、美しいまま取っておかないと。 と、なると。 そうだ。いっそのこと、ケーキを倒れさせ、苺を受け止めたらどうだろう。 そうすれば、赤い宝石は無傷のままフォークの上、だ。 いやいや、駄目だ。ケーキが皿にベッタリ、では駄目なんだった。 ああ、どうすればいいんだ。 苺と、ケーキと。どちらも救う方法は……

misato

9年前

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「クッソ思いつかねぇッ!」 「い、いいんだよ?」 「!?」 頭を抱えて俯いた俺の耳に、突然入ってきたのは可愛らしい女の子の声。 何事かと思い顔を上げると、そこにはピンクを基調としたフリフリの服を着た、幼い女の子の姿があった。 「アタシのこと、傷つけないようにって悩んでくれてるんでしょ?」 恥ずかしそうにそう言う彼女。 か、可愛い……じゃない! 突然現れた少女とケーキを見比べ、俺は気づいた。

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もしかして、苺姫…? 「汚されても大丈夫だよ。アタシ、平気だから…」 俺の目を真っ直ぐと見て気丈に振る舞う彼女の手は、小さく震えている。それは出来ないと断るのが優しさなのか、勇気を出した彼女の気持ちに応えるのが誠意なのか。 俺は考え、そして決心する。 あらん限りの礼節を持ってスポンジ色のカッターシューズ、それからクリーム色のサイハイソックスを脱がす。 「今から俺は、君を食べる」

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そう心の中で語りながら、静かにフォークを降ろす。 だが… あと数ミリの所で手が止まる。 本当にこれでいいのか? もしかして俺は卑怯な事をしているんじゃないのか? 俺のポリシーは何処へ行ったんだ? と、一人苦悩に耽っていると、突然俺の横から巨大な手が飛び出して来た。 そしてその手はいとも簡単に彼女を摘んでしまった! 「おい!母ちゃん!」 「食わないならアタシが貰うよ」 パクッ。 あ゛ーー‼︎

hyper

6年前

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かくして苺姫は母ちゃんの腹に収まり、俺の腹は煮え繰り返った。 ぐぐぐぐぐ〜! と拳に力が入ったが、さすがに女親は殴れない。 仕方なく残っているスポンジケーキと生クリームに取り組む事にした。 こんな事態になって改めて眺めてみるとまるで墓標のようだった。 今は亡き苺姫への祈りの気持ちと共に美味しさの追求を忘れない我が食欲が手を動かす。 お皿を汚さずに食べ切った時の満足感こそが俺を救うだろうと信じて。

- 完 -