街を行くときは、隣同士。 銃を持つときは、背中合わせ。 常は声の届く位置にいて、離れたとしてもその空気を覚えている。 信頼は行動に。 尊敬は視線に。 思いを音に変えずにいても、誰より互いを知っている。 相棒の存在は、僕の持つ全てに優った。 失ったときの、喪失感ですら。 あれから、ずいぶん長く僕はひとりだ。 けれども、それでいい。 横に立つのが彼でないなら、後は全て同じこと。
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砂漠の夜明け。じきに熱風が吹き荒れて地表を歩く生き物はいなくなる。僕以外は。 傭兵で食いつないで数年。内乱や紛争は絶えないがどれも小規模で、大きくなると正義の味方ヅラした某大国が乗り込んでくる。フリーランスには厳しい時代だ。 今は1人で敗退中。乗ってたラクダは死に、拳銃の残弾は2発、右の腿に手榴弾の破片が食い込んだまま。敵が迫ってくる。 「射撃は一流だが要領は三流だな」 彼なら言っただろう。
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「うっさいなあ、もう──」 幻聴に声をかけるとは、僕はイってる。 僕の相棒は彼だけだったし、これからも誰かと隣り合って生きていくようなマネはしない。 彼が死んだ時に誓ったから。彼の、冷たくなってしまった身体に誓ったから。 「ああ、ごめんね」 僕はまだそちらには行けないようだ。 不意に振り返り、追いかけてきた敵の心臓に、だん。一発でお終い。 最後の一発は、敵にやろうか。 それとも、僕に?
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太腿の痛みが強くなり始めていた。 追っ手がいないのを確認し、張り出した岩の影に腰を下ろす。火を起こしナイフを炙って太腿を裂いた。アルコールで清めたピンセットで異物を取り除き、縫合する。 手順は彼に教わったが、細かい作業だけは自分の方が適性があって、戦場で何度も彼の傷を縫った。 「そんだけ器用なら傭兵以外でも食えるだろ」 その度に彼が言ったのを思い出す。彼の最期の傷を縫えずに嗚咽したことも、同時に。
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それからしばらくは休憩の時間だ。 なにせ、夜通し追ってから逃げ続けたのだ。 「休める時に休む。それが生きるための極意の1つだ。」 そう言って、彼はどこでも寝ていた。僕の隣で。 「起きろよ、ほら。」 そんな声が聞こえた気がした。 気がついたらもう日は高く登っている。いつの間にやら、本格的な眠りについていたらしい。 「しまった…」 追ってが近づいて来ていた。距離は遠く向こうは気づいていない。
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追っ手は複数、残弾は一発。やり合って勝てる可能性はゼロに等しい。 まだ間に合う。今ならまだ逃げられる。それは分かっているのに重い腰が上がらない。 逃げて、生き延びて、その先に何があると言うのだろう? 相棒と二人で戦場を駆けていた頃は、互いの戦果を讃え合い、喜び合えた。しかし彼はもういない。どこにも。 立ち上がる気力が出ないまま仰向けに寝転ぶ。左手に拳銃、右手にナイフ。両方のグリップを握り直す。
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目に写るのは燦々たる太陽。 いつもは気にも留めないソレが今日に限って嫌に眩しい。 負けないようにと目を開き続けていると、なんだか笑いが込み上げてくる。 込み上げてくる笑いを堪えながら、左手を自分のこめかみに。 「……迎えに来てくれるかなあ」 独り呟いて左手の人差し指を引く。 ぱぁん、と乾いた音と同時に一雫、光るモノが砂の上に落ちた。
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熱気に絆された意識が頭の中で渦を巻く。ぐわんぐわんと荒く頭蓋骨を振り回されているようで、目が回る。 思えば、彼が逝ってから、僕は絶不調の中を猛進していたように思う。どういうわけか、一向思うように事が運ばないのだ。今回の案件も、初めから部の悪いことはわかっていたけれど、彼がいてくれたなら窮地に立たされることにはならなかっただろう。 君がいなければやっていけないだなんて、僕は半人前だったのだね。
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「良い傭兵の条件を知ってるか?」 「強い傭兵だろ。君みたいに」 「半分正解だ。良い傭兵ってのはきっちり働いて残りの報酬を受け取る前に死ぬ。俺みたいに」 僕は苦笑するばかりだった。 「僕は傭兵に向いてないらしい」 違いない、と彼は言う。 行くよ。 来るのかと思った。 休んでただけさ。 不発の拳銃を放り、ナイフを握り締め、追っ手を見据える。 まだ間に合う。まだ逃げられる。まだ生きられる。
- 完 -