俺が奴を生かした理由

「辛いのが好き」 「話さず、まずその手を止めろ」 隣でナイフを突きつけられているにもかかわらずカレーを食べ続けているのがヒロカズらしい。 「5分で世界が変わることもあるんですよ。例えば僕が5分後に死ぬことが分かっていたとしますよね。そしたら僕は大好きなカレーを目の前に食べれなかったことを後悔すると思うんですよ」 「ホントに5分後に死にたいか」 心の中で中指を立て、言いかえした。

羊男。

13年前

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「どうでしょうね。死にたいとは思いませんが、五分で死なない可能性もある。未来は至って不確実ですから、今から十秒後に助けが来てもおかしくはないんですよ。いやそれにしてもこのカレーは美味しい」 「どうしてそんなに冷静なんだ?」 「アイデンティティですよ、僕の」 「なら、お前を殺すのも俺のアイデンティティだよな」 いちいち苛つく心を抑えつつ、ナイフは向けたまま。 時間は、徐々に押してきていた。

tity

13年前

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首筋にナイフを当てて皮一枚裂いてみると、つう、と赤いラインが浮かぶ。それですらこの男を動揺させる要因にはならず、変わらずに目の前の彼は咀嚼を続けていた。 「お前…」 「いい加減にしろ、だなんで茶番じみた言葉は聞きませんよ。どうしたというんです、この場でのアドバンテージはあなたにあるはずでしょう?何をそんなに怯えているのです?」 「…俺が怯えてるだと?」 その言葉をすぐに否定する事はできなかった。

crow

13年前

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状況は圧倒的にこちらが有利だった。 相手は丸腰の上、手首と足首に枷もついている。 自分はといえばナイフだけでなく、拳銃も懐に忍ばせていた。 それにもかかわらずペースは完全に向こうが握っていた。 「僕はきっと目の前でこのカレーに毒を盛られても食べますよ」 さあさあ入れて御覧なさいとでも言うように男は薄笑いを浮かべている。 最近のスパイはこんなにも図太いのかと思わず遠い目をしてしまった。

ムラサキ

13年前

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「いや~それにしてもカレーは美味しいですね」彼の手は止まらない 男はたまらなくなって、拳銃でカレーの皿を撃ち落とした こうもすればさすがの彼だって手を止めるだろう 「拳銃のコントロールを間違えましたか? こんな目の前に獲物がいるというのに。」 相変わらず彼は薄笑いの表情だ。 それだけでなく、挑発するようにカレーと一緒についていたナンを千切り食べ始めた 「本当はカレーがあるともっと美味しいのですが」

百合華

13年前

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ナンだけをひたすら食した後、ヒロカズは席を立つ。 男は、手にしていたナイフと拳銃を手放した。 「あなたは僕を殺せないんですよ」 ヒロカズの目には男の姿が写っていなかった。

13年前

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「貴方は殺し屋として大切なものが欠けています」 ヒロカズは淡々とした口ぶりだ。 「オーラとでも言いましょうか。一つのことを貫徹する気概、迫力、冷徹さ、そういうものが感じられないのですよ」 男は手放した武器を眺める。 それらの鉄は男の手から離れてしまうと、死んでしまったように固く沈黙を保った。 「僕はカレーを食べる。メタファーではあるけれど、僕のアイデンティティですから。貴方には止められません」

aoto

13年前

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「この野郎‼」 男はヒロカズの胸倉を掴み、拳で殴りかかった。 だが、拳はヒロカズの顔の目の前で止まった。 彼は、動揺する事なく男に言い放った。 「この拳の距離が貴方の殺し屋としての『壁』なんですよ。さあ、どうされます?」 「くっ…」 男は、彼の顔を殴る事ができなかった。 何故なら… 「何なら、僕が拳銃を拾いましょうか?『お父さん』」 何故なら、ヒロカズは死んだ息子の顔に整形していたからだ。

hyper

13年前

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「息子を2度も殺すんですか?」 俺を追っていた奴に撃たれた息子の顔がフラッシュバックした。 「どうしました?撃たないんですか?」 俺は銃を拾い上げ、ヒロカズの頭を壁に叩きつけた。 「ふふ、さあどうぞ」 最後までムカつく野郎だ。 俺は引き金を引いた。鮮血が飛び散る。 「どう…して…?」 困惑と恐怖の入り混じった声 もうヒロカズの顔は見えない。 ハハ、ざまぁみろ…、 今度は俺がおまえの壁だ。

- 完 -