夏に揺れる蜃気楼

暑い。散歩をしている犬が、ぺろりと舌を出している。飼い主もハンカチで仕切りに額に浮かぶ汗を拭いている。

わたしはバス停のベンチでアイスを舐めながら、避暑っている。考えていることは、押し入れにある古いビデオデッキのことと、別れた彼氏のことで、比重でいうと、ビデオデッキのことを考えていた。

で、そういうと、元彼の事を引きずっているように思うかもしれないけれども、問題はバスが来ないことだったりする。

朗らか
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バスが来ないから暑さで思考が緩慢になるのか。
使ってないんだから捨てていいよねとか、捨てるならお金かかるのかな、とか考えて、まずあいつに捨てていいか聞いた方がいいのかなって、そこで初めて別れたことを思い出して思考が止まる。

あのビデオデッキの所有者はあいつ。でも要るなら別れる時にそう言うはずだよね?

だから捨てていいよねとか、捨てるならお金かかるのかな、とバス待つ私の思考は無限ループしている。

榛野テル
- 2 -

そこに資源回収車が向かいの車線をノロノロとやって来る。

「ご不要となりました、テレビ、DVD、ステレオ、ラジカセ、バイク、プレイステーション、アルミホイール、旦那、…などが御座いましたら、多少に関わらずお引き取りいたします。こちらはnove資源回収車で御座います!ご家庭で、ご不要となりました、ビデオデッキ……」
流石に元彼は引き取ってくれないよねと苦笑しつつ、ビデオデッキのことが更に気になった。

響 次郎
- 3 -

捨てていいのかわからないビデオデッキを悩んでいるうちに資源回収車は目の前を走り去っていく。ビデオデッキを捨てる時はあの資源回収車にお願いしようと考え、見送ることにした。走り去る資源回収車はどんどん小さくなっていく。
資源回収車の音も聞こえなくなった時、遠くにアスファルトで火照り、ユラユラとしたバスが走ってくるのが見えた。
よく似た映画のシーンを見たことがある。そういえばあいつは映画オタクだった。

よく寝る子
- 4 -

そうだ。それで……
私が見てない映画を見ろとビデオデッキをうちに持ち込んで来たんだった。
それも、わざわざ新品を買ってくれて。
そんな所は優しかったな。ただ、これを見ろとかあれを見ろとかって、押し付けがましい所がたまに傷だったんだよね?
バスの車体の傷がはっきり見えるぐらいまで近づいている。
バスにも傷があるんだ〜?
そう思うと可笑しかった。
いっそ、元彼バスとでも呼ぼうか?
思わず笑顔が広がる。

ぷにぷにヒロ坊
- 5 -

バスが停まる。でも行き先が違った。35系統・循環。ぐるぐる戻ったって仕方がない。

だいたいVHSって!

すぐにDVDが出て、彼の優しさは押し入れに仕舞われた。レンタル屋から消えていくVHS。彼はうちに来なくなった。
以来、押し入れに眠るビデオデッキ。4年前の、去年の、引越しでもまた持ってきてしまった。

バスは来ない。アイスは切れた。
歩かなきゃいけないのかな、とか、思うんだいい加減。
暑い。

noName
- 6 -

バス停の時刻表によると、バスが来るはずの時間を、もう8分も過ぎている。
3駅隣まで歩けば、もう1系統バスが増える。そこなら、5分も待てばバスが来るだろう。
ただ、この炎天下じゃ、3駅が果てしない。
汗でシャツは身体にまとわりつくし、腕はベタベタ。額からも汗が滴ってくる。

あぁ、暑い。

このまま待っていても、バスが来る気がしない。
仕方ない、あと2分経ったら歩こう。

あおい鱗
- 7 -

アイス棒を噛み締め、へたったリードを掴んで席を立つ。愛犬は、動くのか…?といった眼差しをするが…
バス来ないんだもんッ!!

揺らめくアスファルトを睨みつけ、ついでに脳裏をよぎった元彼も睨みつけて、駅を出ようとしたとき、小さな麦わら帽子が飛び込んできた。

子ども用の可愛らしい麦わら帽、夏を舞台にした映画にありそうな登場シーン
そうえば彼もよく麦の帽子を被っていたっけ。

映画ならよくここで…

椿榎 楸柊
- 8 -

なんてね。
そこにいたのは見ず知らずの少年。

「お姉ちゃんバス待ってるの?今日は来ないよ」

少年が不思議そうに私の顔を覗き込んで来た。

「うん…そうだね。知ってるよ。もう歩き出さないとね」

今日は運休日。時刻表に大きく張り紙がしてある。見えないはずないじゃない。
私は少年に手を振ると次のバス停に向けて歩き出した。

きっとビデオデッキも捨てられる。

トーマス
- 完 -

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