シロツメクサ

「花が泣いているよ」 花冠を作る私に、めーちゃんがそう悲しそうに言った。 花が泣くものかと、摘み取ったばかりのシロツメクサを見つめると、なるほど確かに露で泣いているようにも見れる。

13年前

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「めーちゃん、この花が泣いているのはね、摘まれて悲しいからじゃないんだ。私達の悲しみの代わりに涙を流して私達を幸せにする為に泣いてるんだよ」 シロツメクサの花言葉は幸運。 両親を亡くした私達をきっと、幸せにしてくれるはず。そう願いながら、作った花冠を2人が眠る墓へとかけた。 私は、さつき。死というものがまだ理解出来ない2歳の妹、めいとこれからは2人で生きていかなければならない。

のねむ

13年前

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私はめいを背中にくくり付けると、墓地を出て明治通りを新宿方面に歩いた。安曇野の伯母を頼るようにとの、母の最後の言葉を果たすためだ。風は今日も建物の焼けた匂いを乗せて吹く。雑司ヶ谷の家も風に運ばれているのだろうか。 5月の空襲は新宿駅の周辺も焼き尽くしていた。疎開する人たちでごった返す中、めいをしっかりと抱きかかえ、切符売り場へと向かう。持っていたお金は松本までの切符を買うと、半分も残らなかった。

saøto

13年前

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列車に揺られる。やる事もないので窓の外を眺める。あまりにも同じ景色が続くのでうとうととしてきた。めいはすっかり寝てしまったようだ。 途中の茅野駅で私とさほど年の変わらない女の子が乗って来た。そして周りをキョロキョロと見回して、やがて近づいて来た。 「あの、隣いいですか?」 「どうぞ」 「…あ、あの。よかったらこれ、どうぞ」 彼女が差し出したのは二つの飴玉だった。私はびっくりして女の子を見つめる。

aice

13年前

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この時世に他人に施しが出来る人はそうはいない。富裕層の気まぐれかと思ったが、彼女のなりは、私たちに輪をかけてひどいものだった。 「どうぞ」 そう言って笑う少女の瞳は美しい涙に潤い、私ははっと息をのんだ。 (私は彼女を知っている ) もらった飴の甘さに感動しつつ、私は直感でそう思った。 そして、次の駅である男の子が電車に乗って来たとき、私の直感は確信に変わった。

B.I.L

13年前

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「隣、いいですか?」 女の子と同様に話しかけてきた男の子は、やはりボロを身にまとった姿だった。 「どうぞ」 「ありがとう。これ、よかったら」 そう言って彼が手渡してきたのは、竹でできた水筒だった。中で水が揺れる音がする。 こちらを見る男の子の目が、先の女の子と重なる。 「どうも」 (やっぱり、知ってる気がする) 私達の悲しみを代わりに包容したように潤う瞳が、露に濡れた野花のようだと思った。

kayano

13年前

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「もう着いたの?」 目をこすりながらめいが声をかけてきた。 「まだかかるから寝てなさい」 そう言ったものの、硬い板を張り付けただけの簡素な座席ではそう長い間寝れないのは私も承知していた。 水筒を渡すとめいは嬉しそうに飲んだ。礼を言おうと辺りを見ても彼らの姿はなかった。 「おねいちゃん、それなぁに」 めいに指摘され、ふと右手に視線を下ろすと、そこには薄い桃色の飴玉がしっかりと握られていた。

黒葉月

13年前

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「あまいね、おいしい」 めいは飴をその小さな口に放り込むと、嬉しそうにそう言った。 「うん」 貰ったんだよ、と言う気はなかった。誰から、と問われれば返す言葉を見つけるのが難しいからだ。曖昧な返事を気にも留めず、ひと眠りしためいは機嫌が良い様だった。 「みて!きれい」 窓の向こうには、初夏の澄み渡った青空の下、輝く様な緑の草原がどこまでも広がっていた。 張りつめていた気持ちが、すっと軽くなっていた。

cheese

13年前

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ありがとう──── 心の中でそう呟き、微笑む。 シロツメクサが涙で濡れないように。喜びで包まれるように。 今は辛くても、いつかきっと──── さつきはめいの手を握った。 太陽の光を浴びて光り輝き、爽やかな風をうけて滑らかに揺れる草花。それを見ためいもぎゅっと手を握り返して声を上げる。 「花が笑っているよ!」

13年前

- 完 -