イチゴみんと!

どうしよう。通話誘われたけど、気ノリしないな。 彩子の目下の課題は、いかに相手の尊厳を傷つけずに誘いを断るか、だった。 別にこれと言って断る理由も無いのに、ただ何となく、気がのらない。それが、今誘ってくれている、HNみんとさんに対して重なっており、更に断り辛い。 良い人なんだけどね、みんとさんは。 今日は観たいTVもあるしな…… 通話を始めたら恐らく深夜か早朝まで続くだろう。 うーん…

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お母さんが来てるからチャットだけで……これだとチャットで夜更かししちゃいそう。 明日の朝早いんです……も、いかにもだし。 いいひとなんだけどな。 なんて断ろう。 彩子がぐるぐる考えてるとログが増えた。 やっぱり今日はやめとこうか。 イチゴちゃんも早くに寝るんだよ。 イチゴちゃんは私のHN。気のりしないのが伝わったかしら?でもこういう気遣いしてくれるのが心地いい。

naomi

13年前

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みんとさんはあるサイトで出会ったが、すごくいい人だ 私よりも5歳年上の男性 大人っぽさがあり、私を妹みたいに思ってくれているらしい あ、はい おやすみなさい うん、早く寝るんだよ? おやすみ またね いつもみんとさんがつけてくれる『またね』前本人が言っていたけど、次話すための約束とか何とか… みんとさんにも二度押しされたから、今日は早く寝ようと思った 思いのほかすぐに寝れたらしい

らんき

13年前

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次の夜、彩子はまたPCの前に黙って座っていた。 今日はサイトにログインすらしていない。 ボイスチャットも文字チャットも、この夜も何か重荷だった。 このサイトは大好き。リアルを忘れさせてくれるし、みんとさんの優しい言葉にはいつも癒される。 なのに、何だろう。 『またね』 みんとさんのあの言葉、あれは彩子にでは無く、イチゴちゃんに贈られた言葉の様な気がしていた。サイトの中のもう一人の私に。

真月乃

13年前

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向かい合っているはずなのに、視線が妙に噛み合わない。そういう、妙な居心地の悪さがあった。春の陽気から肌寒い日陰に不意に入り込んでしまったような。 今日は、やめよう。 また明日、という約束ではないのだから大丈夫だろう。そうと決めると早い。あっという間にPCの電源を落とす。 後ろめたい気持ちと、ほっとした気持ちがお腹の中でぐうと叫ぶ。 おやつおやつ、と思ったところで、PCが音を立てた。

sir-spring

12年前

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あれ、電源切り忘れた? 振り返ると、パソコンが長い起動画面さえ飛び越して、あのサイトへ直接変わった。マウスにも触れてないのに。 ねぇ、イチゴちゃん イチゴちゃんは今、何をしているの? きっとオヤツかなんか食べてるんだろうね 画面に次々と文字が浮かぶ。まるでどこかで遠隔操作されてるようだ。 ちょっと、話そうよ 通話が嫌だったらいいんだよ、しなくても 声が聞きたいわけじゃないから 不気味だ。

Dangerous

10年前

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彼は、誰を見ているんだろう。 私? それとも、私の中の「イチゴちゃん」? 彼には、何が見えているんだろう。 話したくない気持ちまでは文字からは見えないはずだ。なのに時々、こちらの様子を的確に汲んでくる。 なぜこんなに心は重くなるんだろう。優しくされるのは心地よかったはずなのに。 今日は難しいかな? またね。 ぷつり、通話が切れると同時にPCが落ちる。またね、の3文字が脳裏に焼きつく。

10年前

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ずいぶん長風呂だったね。 気持ちよかった? ある日、私が風呂から上がったのを見計らったかのように、PCに文字が表れた。ハンドルネームは、みんと。 イチゴちゃんはいつも右足から洗うよね。 頭から洗った方が効率がいいよ(笑)。 気持ち悪い。私はそう思った。 ひどいなあ。 文章が書き込まれていく。私の心と会話するように。 私は部屋を見渡した。 隠し撮りなんてしてないよ。 ねえ、話そうよ。

霧ガエル

10年前

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こわい。 得体の知れない恐怖が背中を這う こわい? 悲しいなあ、イチゴちゃん、そんな風に思ってたのか、悲しいなあ…… 文字がぐにゃりと歪んだ。 イチゴちゃん、僕のこと優しいって思ってくれていたのに。僕の気持ちが行きすぎちゃったのかな? でも、大丈夫、時間をかけて、分かりあっていこう。 PCが落ちた、真っ暗な画面に浮かぶ 「そうそう、僕は君のことちゃんと見ているよ。彩子ちゃん、またね」

- 完 -