イチゴみんと!
どうしよう。通話誘われたけど、気ノリしないな。
彩子の目下の課題は、いかに相手の尊厳を傷つけずに誘いを断るか、だった。
別にこれと言って断る理由も無いのに、ただ何となく、気がのらない。それが、今誘ってくれている、HNみんとさんに対して重なっており、更に断り辛い。
良い人なんだけどね、みんとさんは。
今日は観たいTVもあるしな……
通話を始めたら恐らく深夜か早朝まで続くだろう。
うーん…
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お母さんが来てるからチャットだけで……これだとチャットで夜更かししちゃいそう。
明日の朝早いんです……も、いかにもだし。
いいひとなんだけどな。
なんて断ろう。
彩子がぐるぐる考えてるとログが増えた。
やっぱり今日はやめとこうか。
イチゴちゃんも早くに寝るんだよ。
イチゴちゃんは私のHN。気のりしないのが伝わったかしら?でもこういう気遣いしてくれるのが心地いい。
- 2 -
みんとさんはあるサイトで出会ったが、すごくいい人だ
私よりも5歳年上の男性
大人っぽさがあり、私を妹みたいに思ってくれているらしい
あ、はい
おやすみなさい
うん、早く寝るんだよ?
おやすみ
またね
いつもみんとさんがつけてくれる『またね』前本人が言っていたけど、次話すための約束とか何とか…
みんとさんにも二度押しされたから、今日は早く寝ようと思った
思いのほかすぐに寝れたらしい
- 3 -
次の夜、彩子はまたPCの前に黙って座っていた。
今日はサイトにログインすらしていない。
ボイスチャットも文字チャットも、この夜も何か重荷だった。
このサイトは大好き。リアルを忘れさせてくれるし、みんとさんの優しい言葉にはいつも癒される。
なのに、何だろう。
『またね』
みんとさんのあの言葉、あれは彩子にでは無く、イチゴちゃんに贈られた言葉の様な気がしていた。サイトの中のもう一人の私に。
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向かい合っているはずなのに、視線が妙に噛み合わない。そういう、妙な居心地の悪さがあった。春の陽気から肌寒い日陰に不意に入り込んでしまったような。
今日は、やめよう。
また明日、という約束ではないのだから大丈夫だろう。そうと決めると早い。あっという間にPCの電源を落とす。
後ろめたい気持ちと、ほっとした気持ちがお腹の中でぐうと叫ぶ。
おやつおやつ、と思ったところで、PCが音を立てた。
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あれ、電源切り忘れた?
振り返ると、パソコンが長い起動画面さえ飛び越して、あのサイトへ直接変わった。マウスにも触れてないのに。
ねぇ、イチゴちゃん
イチゴちゃんは今、何をしているの?
きっとオヤツかなんか食べてるんだろうね
画面に次々と文字が浮かぶ。まるでどこかで遠隔操作されてるようだ。
ちょっと、話そうよ
通話が嫌だったらいいんだよ、しなくても
声が聞きたいわけじゃないから
不気味だ。
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彼は、誰を見ているんだろう。
私? それとも、私の中の「イチゴちゃん」?
彼には、何が見えているんだろう。
話したくない気持ちまでは文字からは見えないはずだ。なのに時々、こちらの様子を的確に汲んでくる。
なぜこんなに心は重くなるんだろう。優しくされるのは心地よかったはずなのに。
今日は難しいかな?
またね。
ぷつり、通話が切れると同時にPCが落ちる。またね、の3文字が脳裏に焼きつく。
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ずいぶん長風呂だったね。
気持ちよかった?
ある日、私が風呂から上がったのを見計らったかのように、PCに文字が表れた。ハンドルネームは、みんと。
イチゴちゃんはいつも右足から洗うよね。
頭から洗った方が効率がいいよ(笑)。
気持ち悪い。私はそう思った。
ひどいなあ。
文章が書き込まれていく。私の心と会話するように。
私は部屋を見渡した。
隠し撮りなんてしてないよ。
ねえ、話そうよ。
- 8 -
こわい。
得体の知れない恐怖が背中を這う
こわい?
悲しいなあ、イチゴちゃん、そんな風に思ってたのか、悲しいなあ……
文字がぐにゃりと歪んだ。
イチゴちゃん、僕のこと優しいって思ってくれていたのに。僕の気持ちが行きすぎちゃったのかな? でも、大丈夫、時間をかけて、分かりあっていこう。
PCが落ちた、真っ暗な画面に浮かぶ
「そうそう、僕は君のことちゃんと見ているよ。彩子ちゃん、またね」
- 完 -
作品情報
イチゴみんと!
#651
- リレー期間
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3年3ヶ月