ある推理作家の独白 あるいは ミステリーに於ける意外な結末について

湯けむりが立ち上り、微かには硫黄の香り。 「うはあああ、気持ちいいい」 オヤジのような声を出しながら湯船に浸かる友人の真奈美の姿に思わず笑みがこぼれた。 「ここの温泉の効能、美肌だって」 丁度良い温度の湯を肩にかけながら、先ほど女将さんに教えてもらったことを話すと真奈美はこれでもかというくらい顔にバシャバシャと浴びはじめた。まるで鳥の行水。 後に私達は、湯けむり殺人事件に巻き込まれるのであった

なつ

12年前

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出だしはこんなところかな。我ながら良い出来だと感心する。 私はこの小説の作者である。 私は今、【湯けむり美肌殺人事件 轟け!若女将探偵 久我山聡子(25)】という長いタイトルの小説を書いている。この小説が私の生命線となるかはこの先の展開次第。 さぁ、はりきってネタ作りにしますか!

yoi523

12年前

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ミステリーにプロットは必須である。まずはキャラ。 探偵役に「久我山聡子」、主人公は温泉客「亜希」。 亜希の視点から女将の名推理が披露される。 被害者に客の「哲朗」。容疑者に亜希の友人「真奈美」と、客の「竜兵」、給仕の「七海」を据える。 友人が容疑者扱いされることで、亜希は事件の真相を解かなくてはいけなくなるのだ。 哲朗は頭を打ち、女湯で死亡していた。女湯と男湯が入れ替わるトリックを利用する。

aoto

12年前

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女湯と男湯が入れ替わる。無難なやり方だと、女湯、男湯、ののれんを入れ替えるという手だろう。 たがそれだと面白くない。読者にトリックがバレてしまうかもしれない。 それならこの温泉を、カラクリ温泉にしてしまうか?いや、それだとこの話の趣旨が変わってしまう。 どうにかして面白い推理小説にできないものか。 うーん、と頭をひねり考えていると、あることを思いついた。 そうか!のれんに縛られなければいいんだ!

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被害者の哲郎は実はオカマだった! 人目を避けて女湯に入浴中の所を犯人に襲われる。これは…読者の怒りを買うな。 じゃあ、犯人が男装するのはどうだろう。 男湯にいる哲郎を男装した女性が殺害。 その後浴場の勝手口から抜け出し、のれんを何食わぬ顔で掛け替えて犯人の女性は立ち去る……うん、そうする必要性が分からないし、話がのれんに戻った。 ……入れ替えトリックではなくダイイングメッセージを考えよう。

ゆりあ

11年前

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犯人は…誰にしよう。まあここは普通に給仕の七海かな。 いや。でもあえて読者に考えを読ませないように真奈美に…。 それじゃあ亜紀がかわいそうだ。 えーと、とりあえず犯人は七海で…。 お!これはどうだ! 7という数字と3という数字がくっついていて…ななみ…ちょっとこれはダメかな…。 うーん。どうしよう。 …そもそも頭を打って死んだんならダイイングメッセージとかかけるのか? …これは後に回そう。

1106

10年前

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そういえば、殺しの動機を考えてなかったけど、どうしようかな・・・。トリックに凝るなら、わかりやすく痴情のもつれか金銭問題にしとけばいい気もするんだけど。 えーと、例えば哲郎が給仕の七海にストーカー行為をしていて、日頃怯えていた七海が思い悩んでうっかりこっそり撲殺しちゃったみたいな? やっぱり犯人にちょっと同情しちゃうみたいな展開が読者受けすると思うんだよね。あと、犯人は美肌美人設定にしよう。

nanamemae

10年前

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あ。 もう一人の客「竜兵」を忘れていた。彼も事件に絡ませなくては。 うーむ。竜兵が七海の恋人だったと言うのはどうだ。 頭の中でパズルのピースがはまっていく。 恋人の七海の働く旅館に泊まりに来た竜兵。しかし七海がストーカーを殺す場面を目撃してしまう。七海を庇おうとした竜兵が捜査撹乱のためにのれんを入れ替えたのだ! これだ! これで全ての問題が解決…してはないけど、少し見えてきたぞ。

雪中花

9年前

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あ、大変。肝心の探偵役について全然考えてないや。 若女将が自分の旅館の事件に首を突っ込むのはわかるけど、主人公の亜希と行動を共にする理由があるかなぁ?実は友達とか?姉妹? 大体、女将ならのれんトリックなんて一瞬で気付くはず……待てよ。七海が殺したと思っていた哲郎が実はまだ生きていて、トドメを刺したのが別の人物だとしたら?その真相を隠すために事件を調べる人を見張っている旅館関係者がいるとしたら──?

まーの

9年前

- 完 -