「俺、なんか二日後に死ぬみたい」 「………へえ、なるほど」 それ以外に、なんと返事が出来ようか。 「まあ、元気でいろよ」 「あ、信じてないなその様子だと」 「話に真剣味が無いからな」 「あと二日経てば分かるよ」 まあでも、と一旦間を置いて、彼はこう付け加えた。 「端から見たら、分からないかもな」 何のこっちゃ、と思った。 これが二日前、二人でお昼を食べている最中の短い会話の内容である。
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「なあんだ、ぴんぴんしているじゃあないか」 俺は呑気な友の顔を見て苦笑した。内容が内容だけに少し気になった俺は、こいつの家を訪れたのだが、まんまと騙されたようだ 「失礼な奴だな、人に会うなり」彼は不機嫌そうに俺を睨んだ「俺が元気じゃ悪いか」 「死ぬだのなんだのはどうしたんだよ」 「死ぬだあ?なんだそれ」 やはりあの場限りの冗談だったらしい。しかしあの会話について全く覚えていないのは少し気にかかった
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「そういえば、お前何か変わったよなぁ。」 お昼ご飯を一緒に食べながらふとそう呟けば、 「……は?」 予想以上に睨まれた。そこまで怒ることないじゃないか。 「いや、中学の時はもっと硬派ー!って感じだったのになと思って。」 場の空気の悪さに耐えられず明るく言うと、 「…そういう事か。高校デビューってやつだよバーカ。」 あからさまに安心するもんだから、2日前の発言を深読みしそうになって、辞めた。
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それにしても今日は何を話しても盛り上がらない。 「ゲームやろうぜ」 食べ終わると俺はそう言って、勝手に電源を入れた。 彼のプレイは驚く程下手になっていた。 見ると、指の関節がどれも妙に蒼みをおびている。 「どうしたんだよそれ…突き指か?」 「あ? ああ、突き指だ」 まじか。全部の指を突き指って… ふいに襖がトンと鳴った。 屋敷と呼びたくなるような彼の家は、相当古い。 その襖の隙間から、人の目。
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その目は次第に増えていきおびただしい数に達した。細い隙間を埋め尽くすように、闇に浮かぶ数百の目。突然の恐怖に体が震え出す。俺は言葉すら発することができないまま、そこから目を逸らせずにいた。 「見ないふり、してろ」 友人の声がかろうじて耳に入る。 「……あ?」 「落ち着いて、ゲームを続けるんだ」 俺の指先が痛み始める。 「いいかよく聞け。深淵を覗き込む時、深淵の方もこっちを覗いているんだ」
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覗かれている。 その言葉を聞いて、少しずつ、ゆっくりと首をテレビに戻す。心臓が痛いくらいに高鳴っていた。 指先の痛みは広がってゆく。 友人は、淡々とゲームをしていた。 その顔からは表情が読めない。 真っ直ぐにテレビだけを見ていた。 「…お、い」 乾いた口から、絞り出すように声を出す。 友人はこちらを振り向かず、答える。 「なんだ」 「なんだ…あれ」 「母さん」 「…は?」
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母さん…って… この、状況でなにを言ってんだ… 『おい…』 『なんだよ!』そう言って後悔した。 まず、声が違うだろ…声が。 メ ガ ア ッ タ。 終わった。
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「見ない振りしろって言ったろ?」 記憶にない声がせせら笑う。友人のはずの男はこちらを見ていなかった。 「やっと深淵から出られたんだ。俺はもう戻りたくない」 たどたどしいとも言える手つきでコントローラーを操る友人と、なぜか床に這いつくばる俺が見えた。足が引かれる。 「母さんによろしく。お前の代わりに出てくる奴、きっと俺の母さんじゃないからさ」
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以来、「俺」は部屋でゲームを続けている。 ゲームに終わりはない。ゲームクリアも、ゲームオーバーもこの空間には存在しないのだ。 俺は「母さん」と呼ぶ深淵の中で、生気もなく、ゲームをし続けている「俺」の姿をただ見つめている。 別の憑依対象が現れないことには、俺は襖の隙間から出られられないのだ。 時折、友人のことを恨みたくなる。 なぜ、俺を誘ったのか。このゲーム、相当ハマってしまうじゃないか。
- 完 -