彼女は、どこか感情が欠落しているように見えた。
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逆にそれ以外、完璧と言えるのに。 「うわぁ……うっわぁ……!すっごいひんやりするよぉ」 ほら、また、何かが足りない。 その死体は、君の愛する犬のものだろうに。
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しかし、そもそも僕には、彼女がポチを愛していたかすら分からない。目の前で横たわり、温もりのなくなったポチを彼女は手で触りながら、冷たくなったという現象としてしか捉えていないような気がしてならない。 彼女がこうなってしまったのも、我が一族の完璧な人間を造るという実験のせいなのか。
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今から5年前。そこはある地下の一室だった。一人の少女を囲む様に、白衣を着た大人達が立っている。彼女は知っている。今から自分が何をされるのかを。しかし、彼女は逃げない。逃げたところで、行くアテなどないのだから。 一人の大人が言った。 「始めようか。」 腕に注射を打った。 彼女の記憶があるのは、そこまでだ。
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こういう言い方をすると、本当に勝手な人間だと思うのだけど。 僕は記憶を失った彼女が羨ましくさえある。 それほど凄まじい副作用に、彼女は苛まれた。 たまに、ごくたまにだけ楽になって、また繰り返す苦しみ。 見ているだけで、こちらまで狂いそうな時間の果てに、「完璧な人間」ができあがった。
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<感情>とは、完璧には不必要なものであった。やっかいなそれは、人間の中で暴走を繰り返す。繰り返しながら、完璧の姿を変えて行ってしまう。 だから彼女の完璧を求める人間には、彼女の感情が不要だったのだ。 ほら、だからなのだろう? だから君は、僕の感情に気づけないのさ。 でも君に僕は必要ないのかもね。 だって君は、1人で完璧を作り上げられる人間なのだから。
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君に僕は必要ないかもしれない。 だけど、僕には君が必要だ。間違いなく。 研究の性質上、他の関わりを一切絶っている僕の一族の周りで、僕と同年代の子は被実験者である彼女以外にはいない。 テレビも漫画も見れないわけではない。勉強や社会的常識その他、教育は受けているけど、およそ友達と呼べる者だけが欠落していた。 感情がない完璧である彼女が、僕の唯一の友達だった。 もちろん、勝手に思っているだけだが。
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僕は、そんな彼女に感情を与えることを決意した。 完璧なものを故意的に壊す行為。この一族に生まれた以上、赦されない行為だ。 恐らくこの計画が成功すれば、僕は一族から追放されるだろう。 だが、僕は決めたのだ。 絶対に、君の心を生き返らせてみせる。 それから6年の月日が過ぎた。 あの日からの6年間、たくさん勉強をして、動物実験を行ったりもした。 そして今日、ついに彼女に感情を与える。
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彼女と出会ってから僕はいつも疑問に思っていた。 完璧な人間を作り満足をするのは周りの人間。 その本人の幸せなどあるはずもない。 馬鹿げている。 僕があの日君に薬を投与して、もうすでに7年が経った。 僕は追放され、君は一度も目を開けず眠ったまま。 これで良かったのかはわからない。 しかし、たまに見せる笑顔。そして涙。 もう君は起きられるはず。 そして僕の感情に気付けるはず。
- 完 -