廊下の奥は懐中電灯の光が届かず、完全な闇に包まれていた。両側に並んだ教室には、机などがそのまま残されており、余計に気味がわるかった。 「もし怖かったら、手をつないでやってもいいんだぜ」 風見は私の方を見もしないでそう言った。
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「ビビってんのはそっちでしょ。強がらないで、手をつながせてくださいって言えばいいのに」ついそう言ってしまったが、正直言うとしがみ付きたいかもしれない。 「いらねえよ」風見は怖がるそぶりも見せずに、どんどんと進んでいく。 「ちょっと、待ってよ」2mも離れると、急に心細くなり、私は慌てて風見の後を追った。
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「あったぞ」 突然風見が言った。 そこは音楽室として使用されていたのだろう。懐中電灯で照らされた色褪せたモーツアルトの肖像画が不気味にこちらを睨みつけている。 「遅いな」田島はファミリーレストランで今日10杯目のコーヒーに砂糖を入れながら壁に掛かってる時計を見た。
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時計の針は、11時11分11秒を指し示していた。何かが脳裏に過ぎったが、今日が11月12日であることに気づき、やや残念な面持ちで、デイバックのなかから、一本のポッキーを取り出して口に入れた。 10杯目のコーヒーを、ぐいっと飲み干すと、会計のため席を離れようとしたが、田島は11杯目のコーヒーを注文した。クレジットカードが使えないお店で、手持ち現金が76円しかなかった。すると憤怒な表情で崇が現れた。
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「おい、あの2人、学校に忍び込んでるらしいぞ。ちくしょう。あの楽譜を先に見つけられたらまずいことになる。なにしろ、ビートルズの未発表曲のオリジナルスコアだ。その価値は計り知れない!」 「まあ、落ち着けよ」田島はコーヒーをすすると言った。「まだ楽譜が学校に存在すると決まったわけじゃない。いくらあの亡くなった音楽教師の自宅から見つからないとは言ってもな。しかしとんだ遺書を残してくれたものだ」
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「俺の持ってるビートルズ未発表のオリジナルスコアか?欲しけりゃくれてやる。探せ!あの場に全ておいてきた!ー音楽授業担当丹在」
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「本当にこれが例の楽譜なの?」 風見が差し出す色褪せた紙には、殴り書きのような音符が踊っていた。 「多分そうだよ、ほら、ここなんてまさにポールの筆跡だよ」 「長居は無用よ。行きましょう」 「遺書には"探せ"と書いてあったらしいな。すぐに見つかるような場所には無いんだろう。あったとすればそれは偽物だ」 田島は立ち上がると伝票を崇の手にねじこんだ。 「行こう。俺にはだいたいの見当がついている」
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「なあに、簡単な暗号だよ。ヒントはポッキーだ」 田島はテーブルにポッキーを並べ出した。 二一三 「ビートルズの曲数はいくつだ?」 「213曲。未発表のものが見つかれば214曲になるはずだろ?」 「そうだ」 田島はポッキーを一つ足して、三を口に変えた。 二一口 「214にするには何が足りない?」 「口を四にするには、八が必要だ。そうか、校庭にある大きな鉢植えか!」 「ご名答」
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私達が楽譜を握り締め校舎から出た時、校庭の隅で人影が見えた。「風見くん!」振り返った風見の目には驚きの色が映っていた。「まさか、、」 私達は鉢植えまで駆け寄った。 「やっぱり、お前らか」 田島は鉢植えの下から発見した楽譜を手にしていた。「やってくれるぜ」と田島が言った。私は田島から楽譜を受け取り、月明かりに照らした。そこには私達4人のバンドが解散直前に完成させた楽曲が刻まれていた。
- 完 -