旅の途中。俺は独り山道を歩いていた。 目の前には犬が。犬はこちらをじっと伺っている。無視して通り過ぎようとしたが、今度は猿が現れた。 俺が呆気に取られていると、今度はキジが行く手を阻んだ。この妙な組み合わせに嫌な予感がした俺は全力で逃げ出した。しかし奴らも追いかけてくる。 目の前に棒が落ちていた。俺はその棒を拾い振りかざした。しかしそれは棒ではなく旗だった。 「鬼退治」 そう書かれていた。
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気づけば動物たちに追いつかれていた。三匹にぐるりと囲まれて、俺は途方に暮れる。誰が仕組んだことかは知らないが、こいつらを連れて鬼退治に行けということか。 三匹は俺をじっと見ている。動かない。 俺は旅の途中なのだ。そして旅の目的はもちろん鬼退治ではない。きび団子の持ち合わせもない。そして何より、俺は動物が苦手である。 三匹はまだこちらを見ている。
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そうしているうちに三匹はぐるり。 ぐるりぐるり。と俺の周りを回り始めた。 あまりの事にたじろぐと、足元から発せられた音に反応したのか、ぴたりと三匹の動きが止まった。 暫くすると、またぐるり。ぐるりぐるり。 何かを伝えたいのか、俺の邪魔をしたいのか、それとも彼らの怪しげな儀式に巻き込まれたのだろうか。今度は変な考えがぐるりぐるりと回転を始めている。
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どれくらい時間が経っただろうか。このままぐるりぐるりを繰り返していても、埒があかない。そう判断した俺は、三匹の説得を試みることにした。 「なあお前たち、なにを勘違いしているかは知らないけど、俺は桃から産まれたんじゃないぞ」 三匹の足が止まる。三匹はじっとこっちを見ている。俺の言っていることが、果たして通じているのだろうか。 「あいにく団子だって持ってない。他をあたってくれ」
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犬が俺の元へ寄って来る。動物嫌いの身としては今すぐ逃げ出したかったが、残りの二匹が打ち合わせしたかのように背後に回った。幸い犬が飛びかかってくることは無かったが、代わりに湿り気を帯びた鼻先で俺のジーンズのポケットを指した。ギクリとする。ポケットには二ヶ月前に変えたばかりの携帯電話しかないはずだ。俺の様子を察知したのか犬が小さく吠えた。俺は観念してポケットに手を入れる。柔らかい感触がした。
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どういうことだ?そんなはずない。そんな馬鹿なことがあるはずないんだ。 オレはポケットからそれを取り出した。 それはきび団子だった。 一体いつからあったのか。全く見に覚えがない。 三匹の動物達は再び俺の周りをぐるぐると回りはじめた。 「わかった、わかったよ。これが欲しいんだろ?なっ、そうだろ?」 俺はぐるぐると回る動物達にきび団子を差し出した。 その瞬間、動物達の動きが止まった。
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じ、っと三匹は揃って俺を見た。 俺の持っている団子ではなく、俺自身の目を真っ直ぐ見つめてくる。ビー玉のような、表情のない目で。 だから、動物は嫌いなんだ。 そんな目で見られたって、何が言いたいんだかさっぱり分かりゃしない。 団子を持った手を、何時の間にか俺は下げていた。ふと降ろした手に視線を落とすと、その視界の中に毛玉が割り込んできた。 犬が。目の前に居て、鼻面を俺の掌に押し付けた。
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(ひっ、冷た!) 犬は団子を一つ咥えると俺の後ろへつく。 すると今度は猿が近寄って来て団子を一つ掴み、犬の後ろへ。 キジもやはり同じように団子を一つつまんで猿の後ろへ。 つまり、契約は成立したという事なのか。 後目に彼らを見ると、安堵したのか団子をぱくついている。動物め、隙だらけだぞ。 逃げるか、鬼退治? に出かけるか。どちらかを決める最後のチャンスだ。
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逃げる。それでいいのか? これじゃ俺は一生動物嫌いのままじゃないか。 思えば今、この三匹と接していた。意思のやりとりをしていた。動物といえば遠巻きに見るしかなかった俺が、心を通わせていたのだ。 俺は心を決めた。団子に夢中な三匹におもむろに近づき、そっと抱きしめる。三匹もそれに呼応して体をすり寄せた。 『ああ、なんて暖かくてふわふわなんだ!』 動物嫌いという、俺の心に巣くう鬼はついに白旗を上げた。
- 完 -