最近妙に避けられてる気がする。 「消しゴム、落としたぞ」 「へあっ!? あ、ありがとう……」 顔赤いな。熱でもあるのか? 「ほい、担任から名波さんの課題ノート預かったから」 「あ、ありがとう……」 なんかソワソワしてるな。どうしたんだ? 「日誌、俺がつけとくから」 「う、うん。ありがとぅ……」 目、逸らされた。ちょっと傷つくな。 名波さんは、今日も俺を避けている。 何故なんだ?
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放課後、日誌を担任に提出した後教室に戻ると名波さんがいた。窓側の席でうたた寝をしている。日直の仕事を全部やってしまったから、申し訳なくなって待ってたのか? まさか。最近、避けられてるし。 起こしてやらなきゃ、ずっと寝たままになるだろうし、無視するのもよくない。 今以上に嫌われることはないだろ。 名波さんの席に近付き声をかける。寝息しか聞こえない。仕方なく肩を叩こうと手を肩に… 「ひゃあ!」
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背中を大きく震わせた名波さんは、まるでバネ仕掛けの人形みたいに跳ね起きた。 「ゴ、ゴメン驚かすつもりは──痛ってッ!」 名波さんが寝起きの勢いで、机の下から脚を前に放り出すもんだから、俺の脛に蹴りが直撃する。 「あぅ…須山くん大丈夫?」 混乱が一回りして、ようやく名波さんがこっちを向いた。 …でもその瞬間。 枕の代わりになっていた本が丸見えになって、俺の心臓はドキリとする。
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『須山くんノート』 確かに、そこにはそう書いてあった。小さな丸文字で、丁寧に。 「えっ……須山くん、えっえっ、あれ!?」 俺の視線に気づいた名波さんが、すごい勢いで慌てた。みるみるうちに顔が真っ赤になっていく。 「うぅ」 涙目になって、ノートを腕で隠す名波さん。そのまま気まずそうに黙り込んでしまう。俺もなんと言えばいいのか分からず、立ち尽くす。 こんなときどうすればいいんだ……。
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「これ、と、友達に書かれただけなの! 表紙恥ずかしいけど、ふ、普通の勉強用に使ってるからさ!」 切れ切れに言う名波さんは一切僕の顔を見ない。やっぱり嫌われているのだろうか。 「そうなんだn…」 「やっぱり無理な言い訳よね…」 納得しかけた僕の言葉を遮るようにして、名波さんは立ち上がった。こちらをしっかりと見据えて。 「須山君のこと好きでした。付き合ってください」 僕には何が何やらわからない。
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「えっ⁉︎」 「あ、あの!須山君のことが…ずっと、好きだったの。」 「……そう、だったんだ。」 「う、うん。」 僕は驚きを隠せなかった。 けど、それ以上になんか安心した。 「僕、ずっと嫌われてると思ってた。」 「えっ⁉︎なんで?」 「いやだって、最近避けられてる気がしてたから。」 「ご、ごめんなさい。…私、その、恥ずかしくって。」 「ううん。…なんかうれしい。」 2人で顔を見合わせて笑った。
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そうして円満に付き合い始めた。 …はずだったが。 「あ、え、あの、ごめんなさい…っ!」 朝待ち合わせて学校へ行こうと誘ったが、断られてしまった。 「え、あ、その。いやこちらこそごめん」 何だかよくわからないけど、涙目になって謝られたのでこちらも反射的に謝ってしまう。 じゃあ帰り道一緒に帰ろうと誘うと、習い事があるから、とか。その日は友達と約束が、とか。 もしかして、やっぱり避けられてないか?
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名波さんと恋人になったんだ、と自覚できるのは目が合う一瞬だけ。 登下校は別々で、休み時間も昼休みも別々。付き合う以前と変わらない生活が続いているけれど、授業中や放課後に時々視線がぶつかる。 目が合うとすぐに逸らされてしまうので、名波さんの真意は分からない。 僕たちの関係は確かに変わったんだ。だけど、名波さんはもう僕を好きじゃないのかな。 ちゃんと話せないまま、僕たちの日直当番が回ってきた。
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「名波さん。やっぱり僕のこと、避けてない?」 「避けて、ないけど……」 よし、もうこうなったら言いたいことを全部言おう。 「名波さん、俺たち付き合ってるんだよね?一緒に帰れないのなんで?」 「それは……」 「昼休みも一緒に飯とか食べたいんだけど」 「わ、私、遠くから須山君のこと見てるのが好きなの!」 そう言って広げた須山君ノートの内容には僕の行動がびっちり記入されていた。
- 完 -