ハードヴォイルドな八百屋と青年

これは日本のといる街のとあるハードヴォイルドな八百屋さんのお話である。 「あの、トマト買いたいんですけど」 「、、、勝手に持っていきな。お代ならガキでも読めるはずだぜ」 亭主の低い声はよく響くが声の主のその姿は薄暗い店内の闇に飲まれてよく見えない。 しめた! 客は思う。この客は旅行者だった。それも非常に金欠の。 相手は老人。しかもこの乏しい照明だ。 万引きのターゲットにはうってつけだろう。

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客は真紅に染まるトマトに手をかけた。 ……瞬間。 後ろから手首をもの凄い握力で握られた。手首を辿ると…そこには殺気漂う亭主がいた。 「おぃ坊主ぅ…その目の泳ぎ方に挙動不審な動き…まさか万引きしよぉたぁ思っちゃいねぇよなぁ??」 亭主のハスキーボイスが耳に響く。 殺される…と客は思った。 「坊主。お前…旅行者か何かか…?」 客は全身から汗が吹き出し、固まって喋られなくなってしまった。

moti

11年前

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客は考えた。 この状況を見る限り、「そういうつもりじゃなかった」なんていう言い訳は通用しないだろう。ということは、亭主を泣き落とすしかない。客はなんとか声を絞り出した。 「ぼ、僕……お金がないんです……!このままだと……うぅっ、飢え死にしてしまうんです……!」 客は必死に訴えた。目には涙を浮かべ、今にも泣きそうだ。しかしその事が、逆に亭主に火をつけた。 「男のくせに、クヨクヨすんじゃねぇ!!

kam

11年前

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「男ならなぁ!我慢して歯ァ食い縛って、倒れるまで正義を貫き通せ!万引きなんてセコいことすんじゃねえ!てめえはそんなことで人生を棒に振りてえのか!」 亭主の熱い語りに圧倒され、客はいつの間にか涙を流すことも忘れて呆然としていた。 「このトマトはなぁ!農家のおっさんが汗水垂らしてやっとの思いで作った大事なモンなんだよ!魂がこもってんだ!それを何の対価も無しに盗もうたァ、一体どういう了見だ、あァん!?」

awou

11年前

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「その通り、大変失敬だよ。おおいに反省してもらいたい」 いつのまにか赤いハンチング帽姿の男が客の背後にいた。 「おお、トマトのおっさん。見たか、こいつの行動を」 「ああ、一部始終を見せていただきましたよ。警察に突き出すべきでしょう」 客はガタガタと震えだした。 「それでもいいが、ま、未遂だったしな」 「おやじさんの店は万引きゼロでギネスブックに載っているんでしたね、ははは。では、また明朝」

いろは

11年前

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男が去るのを見送った後、亭主は葉巻を取り出し口に加えた。 煙を吐き出し、長い沈黙を挟んでから口を開いた。 「こいつはな。さっきのハンチングのおっさんが作ったもんだ。トマトも真っ青な熱い奴さ」 そう言って、戸惑う客にそのトマトを差し出した。 「食ってみな」 腹の虫が鳴った客が恐る恐る手を伸ばそうとしたとろで「ただし」と、そのトマトを引っ込ませる。 「条件がある。なぁに、簡単なことさ」

lawya3

11年前

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「二度と人の正義に反すようなこたあっ、すんじゃねえっ!わかったかっ!」 客の青年に喝を入れるように怒鳴り声を響かせる亭主。 「ヒッ、わっ、わかりましたっ」 「ふんっ……。最初から白状しときゃあ、飯の一杯位ご馳走してやったっていうのによ。ったく、これだから今の若いモンは……ほらっ、食ってみろっ」 そう言って亭主は青年にトマトを差し出した。 青年は震える手を恐る恐るトマトに伸ばした。

seiryu

11年前

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ツヤツヤした真っ赤なトマトにかぶりつくと、青年の口の中に瑞々しいトマトの汁が溢れ出した。 「どうだ、うめぇだろ」 青年は、口の中をトマトでいっぱいにしながら何度も頷いた。 その姿を見て、亭主も満足そうに頷き、方頬を上げてにやりと笑った。 そして真顔に戻ると、 「…それが、おめぇが盗もうとしたもんだ」 亭主は静かに言った。 すると青年は動き止め、トマトをくわえたまま俯いて、肩を震わせ始めた。

マーチン

11年前

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「…僕は…ッ」 青年はボロボロと涙を流しながら声を喉から絞り出した。 「僕は…ッ、こんな事辞めて、亭主のような悪を正せるッ、男になります…ッ‼︎」 その言葉を聞いた亭主は、葉巻の火を消し、何も喋らず青年の頭をくしゃくしゃと撫でた。 …5年後、青年は立派な警察官になっていた。彼の担当する地域では、犯罪は全く起こらない。 もちろん、あの亭主の店は今でも万引きゼロギネスブックに載っている。

11年前

- 完 -