あたしの家の真ん前にはバス停がある。 いいでしょー、羨ましいだろー。 けど、そういう恵まれた環境にいると逆に油断するんだよねー。 後5分、後5分、大丈夫、目の前がバス停だから〜…で結局バスに乗り遅れそうでドタバタな毎日。 だから、その日も千石町の学校行のバスに乗る時、よく確認せずに 「○番線、センゴク行き〜〜」 という運転手の渋声を小耳に駆込んだ。 行き先が「戦国」となってた事に気付かずに…
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あたしは眠っていた。そしてあたしを起こした月代頭の男は「千代女様のお迎えに参った」とか言ってる。え?時代劇の撮影?てかバスどこ? どうやらあたしは戦国時代に来て、千代女とかいう巫女と勘違いされたみたい。マジか… 時は戦国。巫女が歴史の表舞台に上がることはない。しかし時の大名達は、巫女の神託や祈祷を頼りに合戦の是非を決めていた。力ある巫女は歴史を影から操っていたともいわれている。(ナレーション)
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「さあ千代女様、お願いします」 あれやこれやと言う間に着物を着せられたあたしは、今現在祈祷台の上でちょこんと座らされている。目の前には今か今かと祈祷を待ちわびる人々の群れ。 •••ちょっとやばいかも。 「だから、違うんですって!あたしは千代女じゃありません!人違いです!」 「千代女様•••お願いです。神からの伝言を、私たちに授けてください!」 「もう違うんだって!お願いだから信じてよ!」
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わいわいやっていると、少し偉そうな老人が祈祷台の前まで来た。 「困ります千代女様。武田と上杉はもう三度も川中島で戦ってまいりましたが、決着がつきませなんだ。もう我らは神からの伝言におすがりするほかありません」 「えっ、武田って武田信玄?」 「うむ」 「てことは、相手は上杉謙信?」 「いかにも」 この名前は確か日本史の授業で聞いた。でも、今朝バスで復習するつもりだったから、あんまり覚えてない!
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すがられても困る! 織田信長が天下統一前に明智なんたらさんに殺されて、豊臣秀吉が……なんだっけ? え、どうして江戸時代になったんだっけ? 徳川……? えー、日本史なんて適当すぎてわかんないよ! 「千代女様、織田信長が天下統一ですか。帝にお伝えしなければ!」 考えてるつもりが口に出してしまっていたみたい。私の言葉に老人は誰かを呼びつけ、何かゴニョゴニョ話し始めた。
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「千代女様。先日の御神託、帝は大層重く受け止めておられます」 「はあ…」 「尾張のうつけなどが天下を握るは日の本の大禍、何としても防がねばなりません」 「…そうなんですか?」 「ゆえに帝は明智光秀なる腹心の者を彼奴めの配下に潜り込ませました。彼奴を監視する為、いよいよ天下を握ろうという時節には亡き者とする役目も兼ねて…」 「…明智光秀?」 それって… 思い出した!本能寺の変!え、あれ私のせい!?
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これって織田信長が自害するっていうあの…… 待って、待ってよ! 私のせいで織田信長が死んだって言うの!? パニクっている私を見兼ねてか、老人が私の背をさすった。 「ほらほら千代女姫、落ち着いて下さいまし……」 現実なら、これが落ち着いてられるかー!と叫びたいところだが、ここは戦国。 人違いと伝えても信じてくれない…! どうにかして織田信長を救えないものかと頭を働かせてはみるけど、何も思いつかない。
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「いや、それはだめ…ではなくてそれはいけません」 「なぜですか」 「ええっと、それは、えっと…」 あーもうなんて言ったらいいのよ! えーと、えっと、うーん、あ、でもなあ、えっと、ああああああああ! 全っ然思い浮かばないいいい! 「千代女姫、どうされましたか?落ち着いてくださいまし…」 「これが落ち着いてられるかあ!」 やばい。素てしゃべってしまった。 「千代女姫、なんですかその言葉遣いは」
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いやもう言葉遣いとかこの際気にしない! それより信長を……あ、でも待って。そうすると秀吉や徳川さんの出番は……? あれ?……もしかして、ここで変な提案したら歴史メチャクチャになっちゃう……? 日本史の先生の顔が浮かぶ。 イケメンで、授業中は先生の顔ばっか見てたから授業なんか全然聞いてなくて。 先生!助けてよぉ! 「千代女様!介添えが参りました」 「待ってくれ!僕はただの……!」 せ、先生!?
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