目覚ましが鳴っている。 朝か…。 深い眠りの淵から戻された俺は目覚ましを止め、カーテンをめくった。爽やかな朝の陽射しが眩しかった! 今日も快晴だな。 いつもと変わらない朝の光景。これからシャワーを浴び、コーヒーを飲み出勤だ。 そんな変わりのない行動に移るべくベッドから起き上がろうとした時、いつもと違う朝である事に気付いた…。 食事を作る音がするぞ⁉美味しそうな匂いもする⁉ …えっ?誰かがいる⁇
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シャワーへ行くにはダイニングキッチンを通る。いつもはボクサー1枚の男姿で通るのだが、軽くスウェットを穿き、Tシャツも着た。 一人暮らしの2DK。鍵を持つのは俺だけだ。誰かがいる筈はない! そう迷いを払い、一気にドアを開けた。 誰もいない。 のに、キッチンでは鍋のスープが湯気をたて、テーブルにはサラダやパンが用意されている。 慌てて室内全てを見回る。 がやはり、誰もいない…。 いったいこれは…!?
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考えても答えは見つからなかった。考えるより、とりあえずその美味しそうな朝食に手をのばした。ともかくは、、、 なんて、素晴らしい朝だ! パンをつまみながらスープをさらに装う。テーブルにつくと口の中にそれを運ぶ。うまい! と、足に何か当たった。見ると猫がいる。ニャーとも言わず、スクッと二本足で立ち 「いかがでしたか、御主人様」とハッキリ日本語で俺に話しかけてきた。 え、、えぇええ!!
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目が見開き、口の中のスープが変な所に入った。息が詰まり咳き込んでいると背中を軽く叩かれた。少し、楽になる 「大丈夫ですか?きっと私の作った料理が美味しくなかったんですね」 淡いブルーの瞳が申し訳なさそうに伏せられたので慌てて口を開く。 「いや、違います!かなり驚いただけで…料理はすごくうまいですよ」 咳が収まった。俺は白い猫が何か言う前にテーブルの上にある朝食を残さず食べた。 「ご馳走様でした」
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「お粗末様でございました」 丁寧に頭を下げて猫はいう。 よくよく見れば、撫でてみたくなるようなフサフサの毛並み。随分と綺麗な猫だ。 何だってこんなところにいるんだろう。 ──いやいや、その前に。 何だって猫が料理なんかするんだ、何だって喋るんだ、だろ。 しっかりしろ、俺。 「お弁当もできております。どうぞお持ち下さい、御主人様」 俺の困惑には気づかない様子で猫はいった。 べ、弁当まで⁈
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「ご…ご親切にどうも」 辛うじて体裁を取り繕った言葉とは裏腹に、俺の動揺は大きくなるばかりだ。 きちんと布に包まれた弁当を手渡され、ついつい余計なベクトルへ思考回路を働かせてしまう。 (蝶々結びできるとか器用だな…爪に引っ掛けんのか?猫の手のクセに) …ん?猫の手⁇ 心の独白が、頓に昨晩の記憶とリンクする。このフレーズ言ったな、確か。 『忙しくて自炊とかマジ無理。猫の手も借りたい』って。
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「もしかして、俺が猫の手も借りたい、って言ったから来てくれたの?」 恐る恐る聞いてみる。 淡いブルーがキラキラ輝いている。 「その通り。あなたは覚えてないと思いますが、あなたが幼い頃助けた猫でございます。」 幼い頃の記憶がフラッシュバックした。 そういえば、公園で猫を助けたことがあったかもしれない。 「その時から恩返しをできる日を必死に探していました!そして昨日、やっと見つけたのです!」
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「は、はぁ…」 「ずっとずっと、待っていたのです。そうしたらなんと、なんと…ご主人様の方から私のことを呼んで頂けたではありませんか!」 いやあ、決して猫を呼んだつもりはないのだが。 なんて、瞳をキラキラさせて熱弁している猫さんには言えません。 「これからも、私のようなただの猫にできることであれば、精一杯ご主人様のお世話をさせていただきますね!」 うん、君どう考えてもただの猫じゃないよね!
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……目覚ましが鳴った。 「夢だよな、そりゃそうだ」 俺は散らかった部屋で起き上がり、ため息をつく。 もし毎日あんな風なら…と思いながらTVをつけると、夢に出てきた猫そっくりな姿が! 「あなたのお宅にも一台、家事全般何でもこなす猫型アンドロイド『猫の手』、今ならボーナス一括払いで!」 自炊するのと、お嫁さんを貰うのと、猫の手を借りるのと。 どれが早いかな、と苦いコーヒーを飲みながら俺は思った。
- 完 -