「老人が、餅を喉につまらせて死亡しました」 そんな趣旨のニュースを見ながら、餅を食べた正月。 赤信号を、平気な顔で渡った時もあった。 柵のない屋上から景色を眺めた時もあった。 あの時は、自分にまとわり付いている、「死」を、視界にもとめなかった。 しかし、今それは無視出来ない状況にある。 右手に、刃物。 街中で、そんな人間に出会った。
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刃物を持った男の目には生気がなく、手足が震えている。 今にも殺しにかかってきそうな状況に、私はただたじろぐしかなかった。 本当は振り向いて逃げ出したかった、しかし恐怖からそれができない。 男との距離は数メートル。 死ぬかもしれない、そう頭の中で響くように聞こえた。 周りに人の気配はしない、民家があったが助けを求めればその隙に刺されてしまう。 背を向けて逃げるのも危ない、もはや八方塞がりだった。
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じりじりと後ずさりしながら、何か状況を打破できるものが転がっていないか、見る。 男は虚ろな目をしているが、それでもその視線は、しっかりと私の両目を捉えている。 じりじり、ちらちら。 男は何やらぶつぶつと呟いている。内容は聞き取れないが、徐々に口調が荒くなっていることに気付く。 直感的に、判断の時だと思った。 逃げるか、叫ぶか、立ち向かうか。 コツン、足に小石がぶつかった。私は意を決した。
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素早く小石を手に取り、男の眉間めがけて投げつけた。と同時に私は男に背を向け小さく震えながらおもいっきり走った。 ふと下校中の小学生が目に入った。 ここである不安が襲った。 小さな子供が男に刺される可能性だってあるのだ。 私は落ちていたホウキを持ち、勇気をふり絞ってきた道を急いで戻った。 もう、震えは止まっていた。
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あれ、おかしいな 不思議なことに男はすでに、その場にいなかった。 たった数十秒の事だったはずなのに。 とわいえ危険が去ったことに変わりはない。 私は拍子抜けし肩の力がストンとおちた。手に持っていたホウキはカタンと地面を鳴らす。 しかし、思い出す少年が危ないかもしれない。慌てて私は、来た道を振り返る。 そこには、右手に刃物を持った男がなにやらぶつぶつと呟いている。
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男の生気のない目を見て、恐怖が再び私を支配する。ただたじろぐしかなかった。振り向いて逃げ出したくても恐怖からそれができない。じりじりと後ずさる。男は何やら呟きながら虚ろな視線で私の両目を捉える。 じりじり、ちらちら。 男の呟きが荒くなる。判断の時だと直感が告げる。やがて男の背後に小学生が歩いて来るのが見えた。 そこでようやく我に返る。私は何をしているのだ? コツン、足に小石がぶつかった。
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落としてしまったホウキを手にする。男から視線をそらさない。 男は、じりじりと私の方に詰め寄る。虚ろな視線はどこを見ているかわからないけれど、私を見ているなら背後の小学生には気がつかないはずだ。 男との距離が2mくらいになったとき、男は刃物を振り回しながら奇声を発した。 私もホウキを振り回す。男の刃物がホウキの柄に刺さり、男は丸腰になった。 私は、予想外の展開に怯んでしまった。男は私に噛み付いた。
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いっ、痛い••••••。 男はキリキリと、私の首に噛み付いている。予想外の行動だったが、今なら、振りほどける。 私は両腕に力をこめて、その男を押し返そうとする。しかし、私は再び恐怖する。その男の生気のない虚ろな目を見て。 私は、力が抜けた両手で男の頭を掴んでいる状態になった。 そこで、とある違和感を覚えた。 「な、何で••••••」 この男は目が覚める程に、冷たかった。
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冷たい男に驚きながら、私はさらに驚くことになる。 小学生なんていない。 私が逃げた先に小学校なんてないし、従って小学生もいない。それどころか人がいない。 じゃあ、この妙な男もいないんじゃ、と思って痛い首筋に目をやった。いる。男はいる! なんで?普通逆だろ?どういうこった? やがて首筋から鎖骨、肋骨にかけておびただしい量の血が流れてきた。 もうダメだ、、、色々と。 そう思って、意識が途切れた。
- 完 -