想像してみた。朝、いつもとは逆側のホームに立ち、下り列車がやってくる。
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空いている電車に乗り込むと、席に座る。あるいは窓際に立って、いつもとは違う車窓を楽しんでもいい。
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ふと、いつもと違う駅で降りてみる。 ちょっとした冒険。いい感じの雑貨屋さんがあるかもしれない。
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いやまてよ、通勤時間帯だとまだお店もあいていない。もっと、もっと遠くへ。 終着駅の名前はよく知っている。いつもなら帰りに乗る電車の行き先だ。辿り着いたら海へ向かう路線に乗り換えよう。海辺の街の雑貨屋は、潮の香りがするだろうか。
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海に着いたら、船に乗って小さな島に行くなんてのもいいな。 そう言えば、東京からちょっと行けば野生のイルカと泳げる島があったっけ。 「きゅ〜きゅ〜」イルカはこんな風に鳴くんだったかな?
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ひと泳ぎしたらサンドイッチとビールを買おう。桟橋に腰掛け、海を眺めながら食べるんだ。そよぐ風が気持ちいい。
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そろそろ会社の様子が気になってくる頃だ。今ごろみんな大騒ぎしているだろう。何せ連絡もなしに出社しないことなどなかったから。
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「会社が大変だ!どうしよう…?」 なんて海辺で砂をつついているカラスに投げかけてみる。 もうすぐ日が沈む。
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日が沈み、辺りが暗闇に包まれたころ、僕は腰を上げて背伸びした。 会社は大変なことなど一つもない。携帯に着信は一つもない。僕の会社はなくなってしまった。倒産手続きが済んで一ヶ月経つのに、いつもの電車にいつもの時間で乗り込んでいた、今日の今まで。 明日はまた違う電車に乗ろう。今度は海なんて感傷的な場所には行かない。生きていく糧を手に入れるため、人が戦い、競い合う、ビル街の喧騒に乗り込んで行くんだ。
- 完 -