僕にはー 夢ーがあるー 希望はないー そしてー 持病があるー 僕が病室に入った時、優希はベッドに横たわったまま小さく歌を歌っていた。たくさんのチューブによってベッドに縫い止められた僕の妹。窓から射す光に包まれて、真っ白なパジャマを着た優希は神々しくもあった。 お兄ちゃん… 僕に気づいた優希は弱々しく笑いながら僕を呼ぶ。 今日は、何の本を読んでくれるの?
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おっ…おぅ。そうだな… 僕はとにかく平然とすることに夢中で、あまりにも突拍子もない妹の言葉に蹴つまづきそうになる。 そうだな…じゃあ… ベッドの横にある優希のための本棚に目をやる。 シンデレラなんてどうだ? 僕の口からその一言が出てくる前に、妹が遮った。 お兄ちゃん、走ってきたの? 妹に知られたくなかった事実だった。
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病院からの電話が僕を無意識に走らせていた。 (もってあと一日ですね) 無感情な若い主治医の事務的な連絡の電話に俺は家を飛び出していた。 28歳、ニート。泣きながら走る。 街行く人々はもちろんドン引きだが、そんなの気にならない。
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病室の前で、深呼吸をする。 袖で汗を拭うふりをして、乱暴に顔をふいた。 息を吐いて、へラリと笑ってみる。大丈夫、いけそうだ。 …それなのに。 「可愛い妹が、寂しがってると思ってな~。猛ダッシュ(笑)」 誤魔化した僕に、優希は薄く笑った。 「私ね、お話考えたの。お兄ちゃんの話。」 「ニートの話?」 ふざける僕に、優希は続ける。 「そう。ニートがヒーローになる、お兄ちゃんの未来の話。それ読んで?」
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そう言いながら自作の絵本を取り出した。表紙には僕が仮面を被っている絵が書いてあり上部に「永遠のヒーロー」と書いてある。 これを読むのか…と一瞬躊躇したがそんな場合ではないと自覚し読み始めた。書き出しはこうだ 「私のお兄ちゃんはヒーローです」 「なぜなら私が久しぶりに学校に行き、馴染めずイジメられている私をお兄ちゃんと呼ぶといつでも、現れ助けてくれるからです」視界を滲ませないように注意し読み続ける。
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「私のお兄ちゃんは、ヒーローです。 外に出れないわたしのかわりに、きれいなお花をもってきてくれます」 度々声が震えてしまっていた。 優希は、気づいてないみたいだ‥ 続きを読む。 「私のお兄ちゃんは、ニートです。」 おいおい。とつっこもうとしたが、次の文で、動揺してしまった 「なんでかというと、私のお見舞いにくるために大好きなお仕事をやめたのを知っています、私のせいです」 俺は、優希の方を見た。
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「優希…」 「知ってるよ、お兄ちゃんは私の為に…」 「違うっ!」 俺の叫び声に、優希は身体をびくっと強張らせた。 「違うんだよ…。俺は、俺は逃げただけなんだよ」 今まで隠していた事実が、次々と言葉になって溢れ出す。 「仕事が辛くて嫌になって、でも辞めようと思っても辞められなくて、その時にお前が病気になって…」 もう、止められなかった。 「お前の病気を口実にして、俺は…、最低な事を…っ!」
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「でもお兄ちゃんが私のことを心配してくれたことに変わりはないでしょ?」 「……。」 「ありがとね、お兄ちゃん。」 「続き読んで?」 「あ、ああ…。」 最後の一行を読んだ時、涙が溢れるのを止めることは不可能だった。 「どうしたの、お兄ちゃん⁇」 「優希…。」 「なーに?」 「…お兄ちゃんに…。優希の夢を教えてくれないか?」 「…私の夢? いいよ♪」
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「お兄ちゃんが私だけのじゃなくて、世界一のヒーローになることなのです。だから、みんなにも優しく親切に──」 最後のページ。地球に立つ俺を描いたイラストの上に涙がこぼれる。 「もう泣かないでお兄ちゃん。私の年で天国にいくのは、とても勇気がいるんだよ」 優希は儚い笑顔を見せた。そう、ヒーローはいつでも笑顔で見送られなければいけない。 ──俺は涙を拭き、優希の震える細い体をしっかりと抱きしめた。
- 完 -