俺の彼女は、あんぱんしか見ていない。 思い返せば、いつもそうだ。 初めて見た電車の中でも、彼女はあんぱんを頬張っていた。同じ学校の制服を着た俺に、全く気づかず。 俺が告白した時も、明らかに俺を通り越して購買部の方を見ていた。 付き合ってから、珍しくヤキモチをやいてくれた時も、あんぱんを与えたらすぐに機嫌が直った。 今だって、彼女は俺の方を見てくれない。 彼女を独占する、あんぱんが憎い。
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「あんぱんの上にケシの実が乗ってるでしょ?あれって中身のあんこが粒あんかこしあんか見分けるために乗せてるんだってさ。知ってた?」 彼女は口を開けばあんぱんの話しかしない。 どんな話からでも結局あんぱんに繋がるのだ。 「ケシと言えば麻薬の原料でしょ?でもあんぱんの……」 もういい!!もう沢山だ!! やってしまった… 目を丸くする彼女は声を荒げた僕に対してあんぱんを差し出し 「食べる?あんぱん」
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苛々してる時は甘いもの、ってか? 食べるとも言っていないのに彼女は俺が受け取るのを待っていた。 「……ん」 仕方なく受け取る。まるまる一つくれるとは相当な誠意に違いない。 俺はあーんと口を開けた。 「あ、待って」 彼女は俺の手首を掴んだ。 不覚にも心臓が跳ねる。 彼女の手はいつもあんぱんでふさがっていて、俺はまだ握ったことがないから。 「やっぱり半分こしよ」 ……さほどの誠意ではないらしい。
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なんだよ、やっぱり俺はあんぱん以下かよ。 丸く収まりそうだった気持ちが崩れてゆく。せっかく触れた手もあっという間に離れてゆき、彼女の手にはまたあんぱん… しかも不平等に割れた生地を見比べてから、小さい方を改めて渡してくる。 あぁ…なんか愛の形が見えた気がするな。 俺は虚しくなって、あんぱんの受け取りを拒否する。さすがの態度に彼女も動揺したかと思いきや。 「…もしかして、こしあん嫌い?」
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「確かにこしあんよりつぶあんのほうが…」 思わず呟いてしまった言葉に、彼女はキラキラとした目を俺に向けた 「つぶあんもいいよね‼︎だけど、やっぱりこしあんも捨てがたいー‼︎」 …生き生きとしてやがる… なんだか、何かを言う気力もなくなった …本当に彼女は、俺に好意を寄せてくれているのだろうか そんなことを考えたら、頭から離れなくなってしまった
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彼女が本当に愛しているのは俺かあんぱんか。この命題において俺の優位性を証明するべく、俺はある作戦に出た。 まず、昼休みにアヒル池で昼食をとる約束をする。二人分用意してあるから直行しろと付け加えて。 ちなみにアヒル池は購買部と真逆の位置にあるので、ついでに購買部に寄ることはできない。彼女が手ぶらで来たらあんぱんより俺を優先して来た事になる。4時間目の後すぐに完売する彼女の必須あんぱんとの勝負だ。
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そして昼休み。 果たして彼女は来るだろうか。 それとも購買に行ってしまっただろうか。 俺の中で緊張が走る。 すると、こちらに向かって来る足音が! 「おっす、来たよ〜」 やったー!俺はあんぱんに勝っ…ん? よく見ると、彼女の左手にあんぱんの包みが…。 「おい、そのあんぱんどうした?」 「決まってるじゃない。昨日おばちゃんに予約して、2時間目終わった後で取りに行ったんだよ」 な…何ーーっ!
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そんな奥の手があるとは…!彼女を侮っていた。俺は項垂れる。 そんな俺に気づいているのかいないのか。彼女はあんぱんを1度口にくわえると、何やら持っていたカバンからまた違う包みを取り出した。 「ふぁい、ふぁへるー」 多分「はい、あげるー」…か? ん、何だこれ。ホカホカしてる。 彼女はあんぱんを口から離した。 「今日4限目調理実習だったから。最近元気なかったし、あげる!」 これ…手作りあんぱん?
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彼女の作ったあんぱんは温かくて美味しかった。 「何で元気ないの?」 彼女が顔を近づけてくる。 「あーー照れてる〜」 「うるせーな…」 「好きな人が元気無いのは悲しいよ…」 彼女のその一言に俺の悩みなんてどうでもよくなってきた。好きに変わりはない。それだけでいい… 「おまえ部誌書き終わったかー?」 「もっちろーん!青春とあんぱんって素晴らしいわ〜」 そして彼女はあんぱんについて語り出した
- 完 -