オレンジ

忘れ物をした。教室に戻ろうか悩んだ。忘れ物は筆箱。忘れても問題はないはずのもの。 それでもなぜか足はゆっくりと教室に向かっていた。廊下は夕日でオレンジ色に染まる。グラウンドや校舎のあちこちから、さまざまな部活の音が構内に響いている。廊下は、私の足音が。 誰もいないと思っていた教室には、滅多に学校に来ない男子が窓際の机に座り外を眺めていた。彼は問題児だ。私は筆箱を諦め教室に入るのをやめた。 その時、

12年前

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「なんだよ。お前もか」 掠れているけど、深みのある低い音でそう聞こえた。教室のドアに背を向けながら、どうでもいい筆箱を取りに来たこと

hrk

12年前

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そんなことも忘れて聞き耳を立ててしまった。一瞬、私に言われたと思った言葉はそうではないと気がついた。「 だって!」と反論する女の子の声が聞こえたから。 「学校にも来てくれないし、会いに行っても追い返されるし」 ドアを挟んですぐそばからその女の子の声がした。 ───この声は・・・ 「だから別れるって?そんなもんか、お前も」 「 私の気持ちばっかり計らないでよ! 」 しゅ、修羅場だな・・・

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?心がざわつく。 「うるせぇな、デカイ声出すなよ。女だろ」 「っ最低!なんでよ、なんでそんなこと言うの?」 壁一枚を隔てて耳に入る会話。 そして気づいた。そうだこの声、 私から彼氏を取った女の子の。 私の思考がぐるぐると渦を巻いた。 その間にも話は進む。 「こんな思いするんだったら好きになんかならなきゃよかった!!」 「結構なことだな。どこまで自分が大事なんだ?」 「っ」

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息を詰まらせる女の子の様子が、手に取るように分かる。 会話が筒抜けというだけで、こうも同じ臨場感を味わうものなのか。 ヒリヒリと伝わる空気に鼓動が昂ぶり、彼の言葉に期待が募る。 ──言って! その子に、言ってやって‼︎ 「お前、自分のためにオトコ選んでんだろ?彼氏ってのは見栄を張るためのお飾りじゃねーからな」 「ヒドい!そんな言い方って無い!!」 「酷いのはお前だろ?」

おやぶん

10年前

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そんなに自分が大事なら、と彼。 「俺と付き合おうだなんて考えた事を後悔するべきだな」 「……っ!」 姿は見えないが、唇を噛んで彼を憎々しげに睨むあの子が目に浮かぶようだ。 「もういい!」 苛立ちと涙の混じった叫び声が聞こえ、あの子が違う方のドアから出て行った。 走り去るその背中を、私はとても冷めた目で見ていたと思う。

Rion

10年前

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直後、私の目の前のドアが開いた。冷たい視線に射すくめられて、逃げるタイミングを失う。 「立ち聞きかよ」 弁解の余地もない私は開き直るしかなかった。 「面白かったから、つい」 チッと舌打ちして行こうとする彼に無意識に声を掛ける。 「学校、来なよ」 「余計なお世話だよ」 「来てよ」 「なんでだよ」 背を向けたまま答える彼を、何故か追い掛ける私。教室に置いてある筆箱のことなどもう、とっくに忘れている。

hayayacco

10年前

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「というか、なんで来ないの?」 「それ、お前に言う必要ある?」 「彼女いたのになんでかな〜」 彼が立ち止まり睨む。不思議だ。さっきと違って全然怖くない。私の中にはふつふつと好奇心が湧き上がってきた。私は彼の隣に並ぶ。 「学校、楽しいよ。私もいるし」 「は?なんでお前がいたら楽しいんだよ」 「私が楽しいから?」 「意味わかんねぇ。つかお前も結局自分のことばっかりかよ。だから女ってのはヤなんだよ」

ハイリ

9年前

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「そうだよ、ワガママなんだよ女なんて。自分勝手で感情的で、好きとか嫌いとかそんな話ばっかしてる」 でも、と私は彼の目を真っ直ぐに見た。あの子にも、誰にも、それはこれまでしたことのないことだった。 「私は後悔しないよ。君に今日、声をかけたことも。これから君との間に起こる、どんなことも」 ほんの一瞬、彼の表情が変わった気がした。 「言ったな」 オレンジの世界に低い声が跳ねる。 「やってみろよ、クソ女」

まーの

9年前

- 完 -