ある昼下がり、静かなはずの図書室から甲高い声が飛び交っていた。 「ねぇねぇ、今年もやってきたよこの季節が!」 「本当だねー!」 「今年は誰か鍵を見つけ出してクイーンになるんだろーね!ワクワクしちゃう!!」 「ああ、もうそんな季節か。」 緒方麻世は雑誌をめくりながら甲高い声に耳を傾けていた。 菜花女子高等学校には毎年恒例で、あるイベントが行われている。
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Princesse de colza Knight pour une princesse を決めるコンテストが。 所謂ミスコンだが、姫役一名と騎士役五名が決められるわけだ。 女子校だからか、姫コンテストよりも騎士コンテストの方が数段盛り上がる。候補生全員が女生徒たちの憧れの的なのだ。 同性だからこそわかるツボがあるらしい。 ネット上でも下馬評が出ているらしく、そちらは一般人も投票できる。
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最も、私には縁がない話だし、興味もない。 「って、あんたねぇ。麻知は出るんでしょ」 「?そうなの?」 「そうなのって…あんたたち双子でしょ…」 そんぐらい把握しときなさいよ、とクラスメイトが言う。 緒方麻知。私の双子の妹だ。 一卵性双生児なので容姿は似ている。だが、あっちは昔からフェンシングをやっているのでスタイルもよく、身のこなしも美しい。騎士役の最有力候補となっている。…そうだ。今聞いた。
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「知らなかったなあ」 私はこっそりポケットに手を忍ばせる。指先に触れる確かな金属の感触。 そう、私自身が今回のイベントの「鍵」なのだ。鍵役はランダムに選出され、実行委員会から極秘に鍵を手渡される。コンテストの参加者は姫でも騎士でも、鍵──つまり私を探しているのだ。私が鍵だと言い当てることができた参加者は、姫でも騎士でもない「クイーン」になれる。 麻知に私が鍵だと言えば、今年のクイーンは決まりだ。
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でも麻知には教えない。 クイーンは私を探し当てて始めてクイーンになるのだから。 それに麻知はクイーンになる必要なんかない。スタイルも表情もさることながら、何より性格が美しいのだから。 私がいくら皮肉を込めて放った言葉も、彼女に悪意は伝わらない。 麻知が騎士に出るというのも、きっと周りの意思に違いない。 それにしてもどうやってクイーンは私を見つけるのだろう? 鍵とは何を開く鍵なんだろう?
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何故皆は「クイーン」の座を求めるのか。姫や騎士の座も、充分華々しく名誉あるものだろうに。 一説には、クイーンは栄誉に加えて「宝」を得るという。 じゃあ、この鍵は宝箱か何かの鍵なの?そんな単純な物なの? …いけない、いつものように無関心さを装わなくては。いや、実際そんなに興味はないんだけど、半端に鍵なんかになっちゃったから、無関係ではなくなってしまった。 そして一週間後、イベントが始まった…。
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イベント当日、体育館に集まった生徒たちの視線は、舞台上に居並ぶ姫候補、騎士候補たちに注がれていた。館内の照明が落ち、ドラムロールと共にスポットライトが踊る。 真っ先に名前を呼ばれたのは麻知だった。会場が沸き立つ。続けて残る騎士役と、最後に姫役が発表された。今年の菜花姫に選ばれたのは学内一の美人、豪徳寺麗華さん。下馬評通りだ。 役の発表が終わると、実行委員が出てきて「鍵」について説明を始めた。
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長々とした説明を聞き流す。私には関係など無い。 「また、『鍵』が開けるべき物を見つけてもクイーンとなります」 耳を疑った。今までも説明されていたのかもしれないが、気にも留めていなかった。 「『鍵』は、もう一人の元に…」 心臓がどくんと脈打つ。これはヒントだ。麻知は気づいただろうか。 合図とともに鍵探しと学園祭が始まった。周りが浮足立っている中、私は焦っていた。何を開く鍵なの? 「ねえ、麻世」
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「鍵が開けるべきものって、何かな?」 「分かんないよ・・・でも私、鍵は持ってる。」 私は言った。 「麻知が持っているんでしょう?」 私の中の汚い心。早く気づいて。 「・・・あげる。この箱だよ」 箱を開ける。 一枚のメッセージカード。 『おめでとう Dear 双子のダブルクイーン』 よかった。掌で弄ばれていただけ。 レールにそって歩けたんだ。 ―麻知と微笑みあったのは、いつぶりだろうか。
- 完 -