宇宙 果てしなく広がる闇へ 西暦2058年 人類は地球から遠く離れた惑星へと 移住し始めていた。
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「うるせぇ!俺は日本人だ!」 懐かしい言葉が聞こえ、僕は振り向いた。 「何て言ったんだ?」 「さあ」 南米系の二人に囲まれて、日本人だと思われる──自分で言っていたので──黒髪の少年が座り込んでいた。 「これは俺らの荷物なんだが」 南米系二人はどうしたものかと呆れてしまっていた。 僕は仕方なく通訳に入ることにした。 ここSPACE PORTで、英語が分からない強者が居るとは。
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日本人少年はイチタロウと名乗った。話してみると礼儀正しい、懐かしの『日本人らしい日本人』でホッとする。しかし無鉄砲に変わりはなく、10歳になった記念に独り旅を試みたのだと言う。この歳で日本語だけを話すとは、これはかなり珍しい。英語しか話せない世代だと思っていたのだが…… 少年はぺこりと一礼すると離れて行こうと踵を返した。僕は心配になり、それを呼び止めた。
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「何行きに乗るんだい?」 せめてイミグレまで送ってやらねばこの後も気になってしまうだろう。お節介とは思いながらも声をかけた僕に、イチタロウ少年はニコリと笑みを浮かべた。 「火星!」 ふむ、渋い選択だ。 第一期入植惑星は歴史的価値は高いが、子供が楽しい場所ではない。しかも、超近距離で宇宙旅行というより遊覧レベルだ。 まぁ、初一人旅には良い…か? 「あぁ、まだ搭乗手続も済んでないじゃないか」 心配だ。
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イチタロウは搭乗手続のやり方も分からないらしい。僕は一緒に窓口に行ってやることにした。向かう途中、ふと気になって質問した。 「なんで火星に行くんだい?」 少年は立ち止まり、こちらを振り返る。しばらく眉根を寄せて、嫌そうに答えた。 「お父さんがいるから…」 聞いてはいけない質問をしたようで、僕は口の中で罰の悪い思いを噛み締めた。少年はジッとこちらを見て、ゆっくり口を開いた。
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『じゃあ、案内してください』そういうと少年はとことこと先を歩き始めた。 気まずい空気をどうにかしようと当たり障りのない質問ばかりをし、気づくともう駅に着いていた。 『あなたはどこまで?』少年は振り向きながら聞いてきた。 『僕?僕は、、、』
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『何処にと行くつもりは無いよ』 『ズルいですね。そんな言葉で誤魔化して』 『ん?どうして誤魔化しになるんだい?』 『だってあなたはこの港にいたじゃないですか。見たところ職員でもなさそうだし。何処かの惑星に行くつもりだったんじゃないんですか?』 『確かに君の言う通りここは何処かへ向かう場所だ。けれどそれだけの為にある場所じゃない。それは分かるだろ?』 『ええ……』 『つまり僕は、待っているのさ』
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何年も前、彼女はここを発った。ただの旅行だった。だが彼女は帰らなかった。いつか何食わぬ顔で戻ってくるんじゃないか。そんな淡い期待を抱いて、僕はここに来続けていた。 『待っている?誰をで…』 ジリリリリ… 間も無く15時発火星行きのシャトルが出発いたします、ご搭乗の方は… 放送がイチタロウ君の変声期前独特の声を遮る。最後の問いを僕はなかった事にした。 『さあ、遅れるよ。』 搭乗口へ行くよう促す。
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イチタロウ君は背を押されて駆けた。そしてゲートをくぐるとこちらを見てぺこりと頭を下げた。 「さあ、ユキエを迎えにいこうかな」 ここはスペースポート・トウキョウ。 様々な人種が入り混じる新しいトウキョウ。 今日も誰かが旅立ち、誰かが帰ってくる。 「いってらっしゃい、イチタロウ君」 ここが君の旅立ちの場所だ。
- 完 -