鬼に洗浄

料理が好きで家に人を呼び、振る舞う事がよくあった。そんな時いつも悩ませてくれるのが、大量の洗い物だ。 洗いものが好きではなかった。 料理と違い、何の生産性も創意工夫も芸術性も見出せないその行為がはっきり言って嫌いだった。 だから、全自動食器洗い機を望んだ。 その結果がどうなるか知っていたら、決してこんな事願わなかったのだけれど。

noname

11年前

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その日は雲ひとつない青空だった。 日頃の寝不足を解消し、緩やかにはじまった休日の昼下がり。 レースのカーテンから陽の光が射し込んでいる。 大きく伸びをし、食事を求め台所に向かった。 手際よくパニーニを拵え、淹れたてのエスプレッソと共に調和を楽しむ。 なんて優雅だ。 目覚めからヨーロピアンな自分に酔いしれ、やがて使用済みの食器をシンクの中にそっと積み上げた。 思わず溜息が漏れる。 洗わなければ。

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そう思っていた矢先、 ピンポーン 宅配便です〜 送り状を見てびっくり! まさか⁉︎先月応募した雑誌のプレゼントの全自動食器洗い機が当選するなんてっ⁉︎写真はないが洗えればいいので応募したのだ。 ワクワクしながら大きな箱を開ける私。 中に入っていたのは…人、のような形をした謎の生き物。。全身灰色というか銀色でツノも生えている。。 『どうも。全自動食器洗い鬼です』

chigu

10年前

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「…はあ」 突然の鬼の訪問に私の頭が混乱していると、鬼は辺りを見回し始めた。 『あのー、食器は何処ですか?』 「え?あ、えと、シンクの中に…」 私が台所を指さすと、鬼はシンクの中を覗き込んだ。 『あー、これですね』 と、次の瞬間、2本しかなかった鬼の腕が4本に増えた。 「ひいっ!」 『では、終わるまで暫くお待ちを』 そう言うと鬼は、4本の腕を自在に使い、高速で食器を洗い始めた。

hyper

10年前

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蛇口を目一杯開き、大量の水を流し始めた鬼は、フンッフンッフンッと3回、鼻水を掌に飛ばした。 私は思いも寄らないその行動に声も出せず身動きも出来ない。 鼻水を受け止めた3本の掌を、鬼がグーパーグーパーするとどうだ!見る見る間に掌が泡立って来た。スポンジ⁉︎ 鬼はその3つのスポンジ手で高速で食器を洗い、残った手に持ち直すと大きなベロを出し水を拭き取った。 そしてトドメにお尻に挟み『除菌!』と叫んだ。

真月乃

10年前

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叫び声と同時にボフンと熱い屁をこく。直後に尻から落ちる皿を足の指で器用にキャッチ、手に持ち替えてカウンターにカタンと置く。 『除菌!』ボフン、カタン。 『除菌!』ボフン、カタン。 絶句して眺めているうちに除菌は終了。食器は残らずピッカピカだ。 『また洗い物が溜まったら起こしてください』 そして全自動食器洗い鬼は箱に戻り、自ら蓋を閉めた。私はまだ現実を受け入れられず、立ち尽くすしかなかった。

hayayacco

10年前

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喉が渇いた。 そんなことを思って我に返る。たぶん5分は固まっていた。 試しに頬をつねってみる。痛い!夢じゃない…? 輝く食器たちにまず鼻を近づける。なんかニオイが…いや、これは、爽やか?いわゆる『せっけんの香り』だ。 そっとお皿を一枚手に取る。おお、少し湿っぽいけれどピカピカだ。それにほんのりと温みがある。バイキングで山積みにされた食器と同じ。 どうやら全自動食器洗い鬼の効果は本物らしい。

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いくらピカピカでも、この食器は鬼の肛門と屁で洗われたものだ。目の前で起きたシーンが脳裏に浮かぶ。 使うべきか、洗い直すべきか。いっそ、見なければよかった。 迷っている私を見かね、鬼が箱の蓋の隙間から小言を吐いた。 「汚いというのは失礼なやつだ。これは我が創意工夫を凝らして編み出した洗浄方法だぞ」 創意工夫…一件真逆に思える行為で食器をピカピカにするだなんて、ある意味では芸術的とも言える。

aoto

10年前

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「スポンジは?洗剤も」 「あ、あぁいいの。後でまとめて片付けるから置いておいて」 親しい友人達は顔を見合わせる。今までは代わりに洗ってくれていたのだ。しかしあの一連の光景を見せる訳にもいかない。玄関を出るまでどういう風の吹き回し?と笑われた。 洗いものに生産性も創意工夫も、ある意味芸術性も与えたアレをどう受け入れていいのやら。人智の及ばぬ力で以って人を悩ますとは、正しく鬼に他ならない。

mochi

10年前

- 完 -