メロンソーダはお揃いで

彼はここに来ると、決まって窓際の席に座り、メロンソーダを飲みながら本を読む。 そんな彼を、私は今日も眺めた。 「あらぁミカちゃん!今日も独り?」 店のおばさんはいつもそうやって私を茶化す。 「一人で来ちゃダメなんですか?」 私は皮肉っぽく言った。 「そんな怒らないで、はい!いつもの!」 おばさんはそう言って彼と同じメロンソーダをコースターの上に置いた。 本当は私、レモンスカッシュの方が好き。

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「…あれ、何か、ダメだったかな?」 そんなに暗い顔でもしていたのだろうか。 ニコニコと陽気に笑っていたおばさんの表情が、叱られた子供みたいにシュンとしたものに変わる。 「っ、ううん、なんでもない。」 氷でいっぱいのグラスに口をつけ、 ならいいんだけど なんてカウンターの奥に戻る笑うおばさんを見送った。

ao

10年前

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彼はいつもゆっくり本を読みながら、時間をかけてメロンソーダを飲む。 最後の方はすっかり炭酸も抜けているだろうに、ちっとも気にしないようだ。 炭酸の抜けたメロンソーダは甘さばかりが増して少し苦手だ。 それでも私は、ここにくるとメロンソーダを飲む。 せめてもの繋がり。 私は彼に話しかけることを許されていないから。 からん、と溶けた氷が音を立てた。

ミズイロ

10年前

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私と彼の父親は同じ人物だった。けれども、私たちは正式な兄弟ではない。互いに違う学校に通っていたから、面識は殆どなかった。部活動の試合の日、彼の姿を見つけたのは母だった。母は彼と話しては駄目よ、と私に言い聞かせた。 しばらくして、一人の女の子が店内に訪れる。露出させた肌は白く、細い足にヒールがよく似合っている。彼女は彼の席に座り、 「長いこと待たせてしまってごめんなさい」 と述べた。

aoto

10年前

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「頼まれてた事、父に頼んで調べてもらったわ」 彼は本を閉じ、彼女をじっと見つめる。 その沈黙が私をも緊張させる。 彼女はひと息ついた後、はっきりと言った。 「結果、貴方に兄妹はいなかった」 彼の睫毛が悲しげに伏せられるのが見えた。 違う。嘘だ。だってここにいる。 貴方の妹が。 「父が貴方のお父さんに直接聞いたの。 親友に嘘はつかないと思うわ」 嘘だ、嘘だ、 「嘘だ!」

HAL

10年前

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がちゃん、とグラスが割れた。それと共に今までの彼と私との関係が一気に崩れた気がした。 「嘘、その人が言っていることは嘘だ。だって……だって、私が貴方の妹なんだから」 女の子は可哀想な目で私を見た。そんな目で見られることなんて、なにもしていないのに。 「それは貴女の妄想よ。そんなことを言ったって、彼は貴女のものにはならないわ」 女の子は私にそうきつく言い放ち、彼と共に店を出て行こうとした。

神路奇々

10年前

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「待って!!」 止めようと彼の腕をつかむ。 私の行動に彼は驚いていたが、そっと手を下ろし私が話すのを待ってくれた。 「……部活動の試合があったあの日、私は母から貴方が兄だって教えられたの。貴方も妹がいるって聞いたから調べてたんだよね?」 そうと言ってほしくて彼の目をまっすぐ見る。 「……いきましょ。」 女の子が彼を店を出ようと促す。 彼は何故か私に悲しそうな顔をしてそのまま出て行った。

h_neko*

9年前

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そうか、と私はふいに悟った。 母は内緒で私を生んだんだ。 だから父も私の存在を知らないし、彼に話しかけてはいけないと言ったのだ。 ああ、やっぱり親子だ。 せめてもの繋がりを、作りたくて。 私はメロンソーダを頼み、母は私を生んだ。 それだけのこと。 「ミカちゃん……」 「おばさんごめん。お勘定お願い」 私は会計を済ませて店を出た。

いのり

9年前

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店の外に立っていたのは、彼だった。 どうして、という私の問いを制するように、彼は苦しそうに口を開いた。 「悪かった。こんな真似をして……あの店に妹が来ていることはずいぶん前から知っていた。今のは全て芝居だよ。君に……自分から名乗り出てもらうための」 握られた手が、微かに震えている。 「辛い思いをさせては、と思ったけれど、それでも──会いたかった」 メロンソーダの炭酸が、胸の奥でぱちん、と弾けた。

まーの

9年前

- 完 -