僕は生まれながらの欠陥品だ。 泥沼の戦争で育った僕は、幼い頃、親を殺され、反勢力組織に保護された。生きる為ではなく、より多くの殺人者として戦闘術、拷問を仕込まれた。感情を無くし大切な存在をも笑いながら殺せと言われ、言われた通りに笑いながら殺した。 そこから喜楽だけになった僕は戦場の中で欠陥者(けっかんしゃ)と呼ばれ恐れられていた。戦闘マシーンとして育てた人をも殺し殺戮の上に立つ英雄となったいた
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今日も最前線での任務を終えた僕は基地へと戻った。 簡素な報告を済ませ、肩書き上は上司の嫌味を笑って受け流し、与えられた自室へ向かう。自室と言っても私物は殆ど持たないため休むためだけの部屋だ。 到着と同時にベッドへ倒れ込む。 血の染み込んだ服が気持ち悪い。だけど着替えるのが面倒くさい。ああでも。 考えているうちに瞼はどんどん重くなる。 僕は部屋の中に入り込んだ人物に気づかないまま眠りについた。
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異変を感じて目を覚ました。 跳び起きて、ナイフを構える。……どれくらい僕は眠っていた? いくら疲れていたって、こんなことありえない。 ベッドに小さな少女が丸くなってねむっていたのだ。 どこから入りこんだのやら。 痩せこけた体、ボロボロな服。なのに安心しきったような顔をして。 遠い昔、僕もこんなだったのだろうか? どうでもいい、殺そう。
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眠ったまま殺してやろう。 僕にもまだ良心が残っていたのだなと小さく笑う。 音を立てずに少女に近づき、少女の首にナイフを突き立てた瞬間、少女は目を覚ました。一瞬で自分の状況を理解し、まんまると目を見開いて、息にならない息をしていた。 サクッと自分の腕を少女の首元に寄せ、血が吹き飛んだ。 少女は数十秒後に息絶えた。 「誰か小さい少女を見かけなかったか?」 ドアの向こうで上司が話すのが聞こえた。
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「ボスの娘だ。どこぞの娼婦に生ませた子さ。見向きもしなかったくせに、今になって。やっと連れてきたんだが──」 「これでしょう」 話の途中でドアを開け、死体を放り出す。上司と、偶然居合わせた同僚が顔を歪めて仰け反る。 ころせ、と上司の唇が動いた気がした。けれど、その言葉を聞くより早く、僕は二人を始末した。 僕は組織を出ることにした。 少女の死体は森の奥に埋めた。誰かの死を弔ったのは、初めてだった。
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名前を知らないので呼びかけはせずに静かに手だけ合わせた。 後日、ボスの追っ手に見つかるように、大きめの木で墓標を作った。 「ボスの娘の墓」と刻んだ、その墓を離れてからは、それまでと違って、足跡を消す事に専念した。 今までは、ボスの娘の所まで追っ手を導く為にわざと足跡を残していたが、これから追われるのは困るからだ。 それから真の孤独が始まった。 とにかく逃げ、とにかく生きる。 そして殺し続けた。
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死を与える事と、生を得る事は、同義。 −1+1は、0。 簡単な事だ。簡単な事だった。 世の決まり事だ。 何千人殺してきた?そう、何千人だ。 何千人殺して、何か変わった事は?何も。 1人の少女を殺して、変わった事の大きさは? 問う。 何千人の命と、1人の少女の命は、対等? その問いの寄る辺の無さは、風に晒された枯れ枝程にも僕の心を揺らしはしなかったが、居心地の悪さは残った。 僕は笑う。
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笑いという表情は、僕にとって誰かに何かを取り繕うためのものだった。組織を抜け出した今、僕は誰に向けて笑ったのだろう。 ずっと遠い昔に損なったはずの生々しい感情。居心地を悪くさせたわずかな揺らぎが、僕の胸に溜まっていた澱を浚った。 気がつけばそれは自我だった。 あの少女が過去の自分と重なって見えた時から、少女の命の重みは僕の中で増していた。何千人の命と1人の少女の命の大きさは対等などではなかった。
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僕は逃げた。今日まで生きた。 だがもうここまでだ。これ以上足が動かない。僕はガードレールに腰を降ろした。 太陽はもう山裾から昇り始めていて陽光によって僕はくっきりとした人影になった。 ようやく裁かれる日が来たのだ。 今日、僕は殺される人間の気持ちを知る。 頭の中ではなぜか水前寺清子がリピートされていた。 ♩幸せは 歩いてこない だ〜から こんな時に。僕は笑った。
- 完 -