さて、そろそろ行くか…。 俺は外回り営業のついでに、喫茶店で小一時間サボっていた。 「お会計、600円になります」 えっと、財布財布…。 俺はカバンを開け、手探りで財布を探した。 あれ、無いな…。 ん、何だこれ?やけに硬いな。 何か金属みたいな触感で…途中L字型に曲がっていて…何か指を掛ける穴みたいのがあって…そういや懐かしいな〜、昔こうやって水鉄砲で遊ん…え? これってもしかして…拳銃⁉︎
- 1 -
そんな訳はないと思い、俺は思わずその拳銃らしきものを鞄から取り出す。 あ、やっぱ拳銃だ。 「きゃあぁッ!!」 驚いた店員が声を上げる。 そりゃ驚くだろうが俺も驚いてる。なんで拳銃が俺の鞄に。 すると、店員の声に反応して店全体がざわつき出す。やめてくれ、これじゃ俺が強盗みたいじゃないか。とりあえず、冷静に、周りを落ち着かせよう。 「うるせぇ!騒ぐんじゃねぇッ!!」 ダメだ。俺が一番冷静じゃなかった。
- 2 -
しかも今の、テンパってたとはいえ思い切り強盗犯のテンプレ台詞だ。ああ、周りの視線が痛い。早く誤解を解かないと…。 「あの」 「よ、要求はなんですか⁉︎」「命だけは助けて‼︎」 「いや、だから」 「お金ならレジにありますから!」「いくら必要ですか⁉︎」 ああもう、パニックなのは分かるが口を挟まないでくれよ。 ここで苛立ったのがいけなかった。 「いいから黙って俺の言うことを聞け‼︎」 ああ、ジーザス。
- 3 -
すぐさま水を打ったようになる店内。客は警戒の目を俺に向け、店員は勝手に両手を挙げ出す始末だ。 これはマズイ。このままだと本格的に強盗犯認定されてしまう。警察なんか呼ばれたらたまったもんじゃない。 手の中の拳銃に視線をやる。とりあえずこれをどうにかしなくては。 当たり前だが、俺はこんなものを鞄に入れた覚えはない。だとすれば、誰かに入れられたと考えるのが妥当だが……
- 4 -
んっ…待てよ。この拳銃が偽物であるという可能性が「あっ、あれは!殺傷能力がトップクラスのZV-135だ!」思考を誰かの声が遮る。嘘だろ…!本物なのかよ!無言が続く中もみんなの顔には緊張の色が伺える。当たり前だ。強盗犯の次の言葉を待っているのだから。何か話さなければ……。 「お、お、お、おい!店長を出せ!」 し、しまったぁぁぁぁ!!完全に強盗犯のセリフだ!! 「は、はい…わ、私が店長…です」
- 5 -
出てきたのは小柄なおじさんだった。いや、ここで厳つい奴が出てきても困るけど。 よし、とりあえず落ち着いて話をしよう! そういやこれ、本当に本物の拳銃なのかな?そう見えるだけで精巧な作りという可能性も…。 そこで目の前の店長に相談しよう、と何故考えたのか俺は。 「これ何に見えるか分かるか…?」 ああぁ!違う違う!青ざめないで店長!これじゃあ拳銃をひけらかしてビビらせるまさに強盗じゃないかぁ!!
- 6 -
「けっ……拳銃、ですか……?」 小刻みに震えながら答える店長。 ああ……そんなに怯えないでくれ。俺だって怖いんだよ……マジで…… とにかくのんびりしてる場合ではない。 弁明だ! 今すぐ弁明をしなければ!! さあ、何から説明すればいいんだ? 財布を忘れた事? 拳銃に心当たりがない事? はたまた俺は強盗じゃない、という事か……? 「俺の考えてる事、察してくれるよな?」 俺自身も知りたいよ!!
- 7 -
「は…はい。わたくしは現場の責任者ですので…わたくしは覚悟が出来ていますので… どうか他のお客様は解放して頂けないでしょうか…」 店長ぉ〜!NO〜‼︎ それではまるで立て篭り犯じゃないか‼︎ 手を左右に振りながら「違うよ違う!」っと言った瞬間、腕に激痛が走った… 何だ⁈いったいどうしたんだ⁉︎ みるみるうちに腕が痺れ洋服が真っ赤に染まって行く…。僕は気を失いかけながらその場に倒れた…。
- 8 -
取り押さえられた俺は警察に事情聴取をされた。 「お前は鞄から拳銃を取り出し、店内にいる人々に騒ぐなと脅した。間違いはないな?」 間違ってはいないけれど、違う。強盗をするつもりはなかった。でも、やっていない、とは言えなかった。 「どうして、こんなことをしたんだ?」 あの時、俺は予想外の出来事に頭が混乱し、苛々していた。 「うまくいかなくてむしゃくしゃしていたんです」 事件の真相は時に奇妙なものだ。
- 完 -