白髪おじさん

万華鏡の由来が蓮根だったとか、松ぼっくりと鋤鍬でバドミントンをする民族がいるとか、『がむしゃら』が外来語だとか、小さい頃から白髪さんに変な入れ知恵をされたせいで、この年になるまで何百と恥をかいた。 白髪さんは母方のお兄さんで、放浪癖があり、ふらりと家に来ることしばしば。 「イカから足を二本取ると、色が変化してタコになるんだぜ。やってみるといい」 「そうなのっ」 今思うと、信じてた私も馬鹿だ。

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ある晴れた春の朝。白髪さんがふらりとやってきた。 「よう」 と、片手をあげる。 今日はもう何を言われても信じない。絶対に。 「なんだこわい目して」 白髪さんは笑った。歳を感じさせない可愛い笑顔だけど、油断はできない。 さっそく白髪さんは、庭の桜を見てこう言った。 「ソメイヨシノってクローン植物なんだぞ」 「う、嘘でしょ」 白髪さんはまた笑う。 「なあ、今日は俺がなんで白髪なのか話してやろう」

さはら

12年前

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「老いたら白髪になるものよ。」 先の堤防で釣りを嗜む白髪の老人を流し目で眺めながら少々格好つけてみせた。いつまでも騙される私じゃないと教えてあげよう。 「…そうかい。」 白髪さんは珍しく寂しそうな顔をした。 「だが昔からこの白髪。不自然だと思わないか?今もまだ50歳だぞ。」 気にはなってた。遠目には老人に見えるもの。 「ストレス。若しくは栄養不足ね。桜だって沢山の栄養が無ければ花は咲かないわ。」

noname

12年前

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白髪さんは小さく息を吐いたあと、その顔に笑みを浮かべた。 「ちょっと見ない間に物知りになったもんだ」 そう言って、わしゃわしゃと私の髪を乱暴にかき混ぜる。身をよじって逃れた。 「でも違うんだな、これが」 「じゃあなんでよ」 ぐちゃぐちゃになった髪を整えながら白髪さんを見上げる。白髪さんはどこか遠くを見つめ、懐かしむような声音で答えた。 「色を持っていかれたんだ。髪の色を」 持っていかれた……?

てとら

11年前

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「ああ。とあるメガミサマにな」 後から思えば、この時の白髪さんの嘘は妙だったのだ。けれども、この時の私はそんな些細なことには気付くはずもなかった。 「う・そ・だ。信じないからね!」 「信じるか信じないかは自由だけどな、これは本当なんだよ」 白髪さんは珍しく、淋しそうな顔になって深いため息を吐いた。 「俺はメガミサマを裏切っちまったんだよ。その罰として、メガミサマは俺から色を奪って行ったんだ……」

kam

11年前

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俺がまだ若造だった頃の話だ。 一人旅をしていて見知らぬ森に迷い込んだ。一週間位経って食糧も水も無い、このままでは死ぬぞと思ったとき、メガミサマに出会ったんだ。 メガミサマは死にそうな俺を介抱してくれた。 なぜ見ず知らずの他人にそこまでするのか聞いたら、「貴方の髪が素敵だから」と言われたんだ。 そんなこと褒めたのはメガミサマが初めてさ。そう伝えたら驚いて、「じゃあ毎日貴方を褒めるわ」と言うんだ。

ゆりあ

11年前

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毎日なんて無理だよ。と言うと、メガミサマは寂しそうな顔をした。 俺が介抱してくれたお礼に何か出来ないかと言うと「私の髪を梳かしてよ」って。 俺は櫛を取り出して、メガミサマの長いを髪を整えた。 メガミサマの髪は真っ白でね。それを気にしているみたいだった。俺がそのままの方が美しいと言ったら「なら交換しましょう」と言うんだ。 「その櫛で貴方の髪を梳かしてみて、櫛が私の髪の色を覚えたはずだから」

lawya3

11年前

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言われたとおり髪を梳いた。すると突然、メガミサマの髪が黒くなった。驚く俺に、メガミサマは鏡を見せた。そこに映った俺は白髪だった。 「貴方がここを離れるとき、元に戻してあげるわ」 そう言った黒髪のメガミサマもやっぱり美しくて、ずっとここにいるよと俺は言った。メガミサマは笑った。幸せそうだった。 だけどある日、俺の妹が子供を生んだと教えられてな。 俺は、その子に会ってみたくなったんだ。

misato

10年前

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俺はメガミサマを裏切ることにした。森を出て振り返ると、茂みの中にメガミサマが悲しそうな顔をして立っていた。そして自分の頭を指差して何か言ってるんだ。その時は姪っ子に会いたくて会いたくて気にも止めなかった。家に帰って鏡を見たら白髪の老人が立っていてね。それが自分だと気づくには時間がかかったよ。それ以来俺は白髪なんだ。 「嘘でしょ。」 「さあな。」 そう言って櫛を取り出し私の髪をとき始めた。

アトラス

10年前

- 完 -