風が強い日、鳥が飛んでいた、目を凝らすとそれは鳥ではなく紙であった。最近よく窓から外を眺めてしまう。先生の声は右から左へ筒抜けて頭に入ってこない。
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学校がつまらないとか、そういうことじゃない。でも、なんだろう。黒板を写すより、先生の話を聞くより、もっとずっと何かいいものが、窓の外にはあるような気がするのだ。 さっき鳥と間違えた紙が、風にとらわれてくるくる回っている。バレエを連想させる動きだ。ふと、紙が踊るのに合わせて頭の中で適当なメロディを流してみた。紙の動きと頭の中の旋律がだんだんと重なっていく。それだけのことなのに、何だかたのしい。
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急に強い風が吹き、紙の踊りは唐突に打ち切られた。紙は、僕が眺めていた景色の映る窓に張り付いた。 窓越しに紙をよく見てみると、何か文字が書いてあった。 『9月26日16時北校舎屋上』 何だこれは、と思うのと同時に、僕はこの紙の内容に強く惹かれた。風で飛んできた真っ白な紙に、時間と場所を示す文字。 これが、僕が待ち続けていたものか。 今日は9月26日。行くしかない!
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HRが終わり、みんながそれぞれの部室に向かう15:25、僕は北校舎に向かった。 帰宅部の僕は、いつもならさっさと下駄箱に直行なので、なんだか不思議な感じだ。 北校舎には、家庭科の授業がある時以外は来る事がない。16時までまだ時間があるな…と時計を見ると、向かいからキョロキョロしながら歩いてくる子が僕を見るなり駆け寄ってきた。 「あのっ、もしかして…屋上に御用ですか?」 「えっ…」 紙の事だろうか?
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「ええと、16時に…」 用件がわからないので、とりあえずは曖昧な返事をしてみる。 見たことのない彼女は、徽章からすると一つ下の学年らしい。僕の返事を聞いて、彼女の顔がぱっと輝いた。 「よかった! 私も同じ時間に屋上に行きたいんです。だけど、今ちょっと見てきたら、扉の鍵が開いてなくって」 どうしてだ、と僕は首を傾げた。屋上の出入口は普段なら下校時刻まで開いている。 なのに、何で今日に限って。
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「先輩ももしかして、紙を見たんですか?」 彼女も同じように徽章を見て年上だと確信したようだ。いや、気にするべきはそこじゃない。 「もしかしてそっちも…?」 「はい。好奇心に負けて来たんですけど…」 てっきりあのメッセージを書いたのは彼女かと思っていたが、どうやら彼女も僕と同じらしい。 どっちにしろ、屋上に上がれないならここに来た意味がない。仕方ない…奥の手を使うか。 「ヘアピン持ってる?」
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ガチャ、ガチャガチャ 「あの〜開きそうですか?」 「…う〜ん。」 彼女から借りたヘアピンでガチャガチャやってみるも開きそうもない。 「…そういえばそろそろ時間ですよね?」 「えっ⁉︎もうそんな時間か!」 約30分やっても開かないなんて…… くっそーーーー! ドンドン、扉を叩く ドンドンドンドンド「うわぁっ!」 「あ、開いた……?」 ゴーンゴーン どこからともなく鐘の音が聞こえてきた
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屋上には誰も居なかった。否、鳩が。あちらこちらで佇んでいる。 「あれ、この曲って……」 見渡すと、屋上の一画に古びたラジカセを見つけた。そこから流れる、どこか懐かしいような陽気な曲調……。 「オクラホマミキサーでしょうか」 思い出した。フォークダンスでよく使われている曲。そんなのが、ここで流れてるのって……。 「ここの鳩、なんだか踊ってるみたいですね」 彼女はそう言いつつ、目線を鳩から僕に移した。
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「はは、あの二人踊るつもりみたいだ。男のほう、顔真っ赤じゃないか。しっかりしろよ」 給水タンクの陰でボクは忍び笑いをする。 30分もドアの前で粘ったご褒美。 もっと早く開けてもよかったけど、ほら、時間は厳守しないとさ。 今日やっとラジカセの修理が終わったからね、気まぐれに飛ばしてみただけなんだけど、お前を。 「まさか、本当に来る奴がいるなんてね」 肩の上の白い鳩に、ボクはそっとウインクする。
- 完 -