いい子の約束

僕のパパは去年の冬に長い長い旅に出たんだってママが言う。 いつ帰ってくるの?って聞いたら、 「そうねえ、あなたがいい子にしてたら、帰ってくるかしら」 ってちっちゃく笑って呟くから、僕はそれ以来ものすごくいい子になった。 好き嫌いはしない。 お勉強もちゃんとする。 片付けもママのお手伝いも、自分から進んでやってる。 だから、そろそろ帰ってきてよ、パパ。 僕、ちゃんといい子だよ。

かおりこ

11年前

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僕、ちゃんといい子なのに。 なのに、パパは帰ってきてくれない。 だからママに聞いたんだ。 パパはどこにいるの?って、 そしたらママは一瞬まぶたをぎゅっと閉じて、微笑みながら言ったんだ。 「あなたはとってもいい子よ。だけど、パパはずっとずっと遠いところでお仕事頑張ってるの。もうちょっと待とうね」 僕は、パパ頑張れっ、て気持ちになった。 大きな文字で「ありがとう」って手紙を書いた。

Rin

11年前

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二つ折りした端っこにお気に入りの恐竜のシールを貼った。 プテラノドン、かっこいいなあ。 学校帰り、お花屋さんの角の赤いポストを目指す。 ん、手が届かない。 あともうちょっとなんだけどなあ… ママにお願いすることだってできたけど、僕はそうしなかった。 ねえパパ、僕が大きくなったら、背の順で後ろから3番目、ううん、一番後ろになったらお手紙送るからね。 そうしたら…会えるよね、パパ?

noname

11年前

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「どうしたんだボウズ、それポストに入れるのか?おっちゃんが手伝ってやるよ!」 僕はおっちゃんに抱えられた。 「どうした?手紙入れないのか?」 僕はコクリと頷いた。 おっちゃんは不思議そうな顔で僕を見て、少ししてニコッと笑って「そうか!」って言って僕を降ろした。 「ボウズ、飯一杯食ってでっかくなれよ!」そう言っておっちゃんは僕の頭をポンポンと撫でていなくなった。 僕は手をギュッと握り締めた。

Daiju

11年前

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家に帰ってからちゃんと手をあらってうがいをした。冷蔵庫から苦手な牛乳をコップ三杯飲んだ。 牛乳飲んだら背が伸びるって、パパが言ってたから。 ご飯も嫌いなピーマンもにんじんもがんばって食べる。 いい子にしていても、パパは帰らない。 僕の背が伸びて、一番後ろになった頃。 僕はほんとうのことを知った。 パパは、病院で病気とたたかってるんだって。おばあちゃんが教えてくれた。

11年前

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「いい子にしてたら、パパの病気治る?」 僕の質問におばあちゃんはこう言ってくれた。 「もちろんさ。『パパの病気は絶対治る』っていい子でいれば、きっと治るよ」 「うん。僕、信じるよ!」 お勉強も頑張った。 お手伝いも頑張った。 好き嫌いしないで食べた。 そして僕は、大学の医学科に入った。 パパや、子供を持っている病気の人を治したいと思ったから。

Piano

11年前

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僕がいい子にして、パパの病気が治せれば、きっと帰ってきてくれるはずだから。 「お前……あんときのボウズか?」 ポストの背をぐんと追いこした僕に、おじさんが声をかけてきた。手紙を入れようとしてた僕を、助けてくれたあのおじさんだった。 「大きくなったなぁボウズ」 そう言っておじさんは僕の頭をポンポンと撫でた。 「……おっちゃんの子供も、生きてればボウズと同じ位だったんだがな……」

おちび

11年前

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背は追い抜いてもまだまだ僕を子供扱いしてくれるおじさんは、面映ゆい感情を目尻に溜め、何時ぞやよりも静かに笑ってみせる。 「病気なんておっちゃんがなれば良かったのに…親不孝な息子だよ、まったく」 そんなおじさんを見て、僕の胸はつきんと震えた。 「ボウズはいい子でいるんだぞ?親の願いはそれだけだ」 子供が健康でさえいれば、それだけで強くいられる。恐竜くらい元気でいろよ。 おじさんに言われた。

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いい子かどうかは分からないが、僕は更に歳を経て、パパは帰ってこなかった。 それもそのはず、ずっと昔からパパには会えなかったのだから。 でもそれでいいのだ。会いに来ないなら、会いに行けばいい。だからそれまでは『帰り』を待つ人のために働こう。 「パパ、いってらっしゃい」 「いってくるよ、いい子にな?」 「うん!」 澄みきった純粋な瞳、彼は笑顔で頷く。 いい子も何もない、僕はここに帰ろう。

- 完 -