初秋に空目だった 蒼穹をひとつの碧雲が渡ろうとしている様に見えた 次の日も 秋の雲に見た空目だった 日替わりの空模様に 空っぽ過ぎる穴を日本海から 東の風が吹き抜ける ハッとして穴を塞いで この季節海峡の渡り鳥は自分だと思い 葉月色に焦げ付く様に確かめる 秋虫のオーケストラが名月を唄えば 空蝉の紡いだものを知れた 起承転結と春夏秋冬 それが上手く重なる瞬間の 空目だった 詩と秋と私
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突き抜けるような青さに 眩暈を覚えて足を止める 咽せるような空気は どこかで小さく震えて熱を持った 灼かれたアスファルトに 揺らめく影と光の境界線 陽炎の中でいつかの風景が揺らいだら 目蓋に映して連れて行く 抱きしめるようにして目蓋を閉じた空蝉に 惜しむように止まない哀歌が降り注ぐ 呼び合うようにして 聞こえた合図 空が音をたててなだれ込んだら この目に映して連れて行く 詩と夏と私
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撫子色が髪を掬った 風がうつらうつらと遊んでいると 湖面の花は唄い出す 心地よい目眩に儚げな高揚感を添えて その空気でさえ酔いしれた 肺にいれた想いをゆっくり吐くと 別れの唄に変わっていき 見えない言葉は羽を広げて 遥か頭上の青へ羽ばたいていく 目に見えずとも見えていた いつかは抱きしめた大切な言葉 両手に残らぬよう飛ばそう 哀しい唄にしないよう この刻にだけ留めておいて 詩と春と私
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世界を染め抜く夜の群青 それにあらがう街の灯の僅かなオレンジ 高く厚くたなびく雲 名前も知らない三つ星 出でたばかりの下弦の月 川は水面に全てを揺らす 時雨はあまりにもひんやりとしていて 遠くの樹は独り哀唄を哭く 川向こうのポンプ場の 白い四角のかたちに静かに焦がれて 青いつめたさに包まれて震える世界を 瞼の裏に閉じ込めて 2月は眠りにつく 詩と冬と私
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四季は移り変わり 空は季節の青を彩る 朝焼けの時間は季節ごとに人を悩ませ 夕焼けの時間は夜の長さを推し量る 求めるのは朝焼け 求めるのは暖かな日差しの青空 求めるのは夕闇のグラデーション 求めるのは秋の夜長の誰かとの秘密の時間 それぞれの四季に振る雨に 優美な名前がつけられた あなたの好きな雨はどれ? 詩と四季と私
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触れられない君を想う日も 君と言葉を交わした日も 同じ表情で空は明けた まるでそれが一番の 平和と言うように 紫色の花が開く 現に戻りし夢鳥が 上を向いて歌うのを 私の姿に重ねて遊んだ 陽は誰が為に射すものか 青い水平線の彼方に向かい 黄金の衣擦れの音がする 君はもうそこにいない 私の核の残骸だけが 真白いシーツの上 詩と朝と私
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壜の底の脂曇り 指紋の溝にはすり潰されたクローバー 空は高いが風はない 影が一点に凝縮し 私の犬歯は氷砂糖を噛み砕く サンシャイン礼讃 草臥れた残響音 氷砂糖を噛み砕くときのひんやりしたかなしみ 誤魔化せない痛みは悔いになり 何でもない日々の繰り返しが私たちを汚染した 半透明の月 清廉な庭 空は高いが風はない 詩と昼と私
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幕を閉じて心に溺れる 最後の天上の光だけが私を照らしていた 光輝の筋が醒めぬよう 更に思想を深めては 眠りよりも深い領域を旅する 風雅と優美に手を添え 在りし孤独に答えを探して 夢に終わりを見つけたなら 二度目の夢の岸へと 永遠なる永久 世界が羽を休める 離別と邂逅の極地にて 詩と夜と私
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微睡みに陰る私を撫でて 日と星と月と照り瞬き欠ける 光芒に浸された私の身体は 天体と大地と巡り傾く 天の定めは私の宿命 心躍るは変化と返還 唄う野犬に嗤う花 螺旋が貫く宇宙に影差す 一周回って此処は何処? 私は刻む 私を刻む 私が刻む 私に刻む 伽藍堂に充ち満ちて 彼岸の羽根はエーテルを捉う 行きて帰りし彼の者は私を連れて其処に居る 詩と一日と私
- 完 -