僕は不死身だ。 でも、本当の不死身なのではない。 自然治癒能力が高すぎるのだ。 そのせいで、僕は周りから特殊な目で見られる。 別になりたくてなったわけじゃないのに。 わかったのは10歳の時。 事故にあい、無惨な姿になった時だった。 親に拒否された時は、自分が嫌いだったが、 今では、むしろ好きな方だ。 だって、死ねない分人を助けられるから。
- 1 -
例えば、そう。昨日の出来事。 駅の路線に人が落ちた。 僕はそれを拾い上げ、ホームへ返す。 電車が来る。 当然、身体能力は人間のままなので轢かれる訳だ。 痛みも感じる。 しかし、瞬間。吹っ飛んだ腕はくっつき、潰れた顔面は再生し、肉体は最高の状態に治ってしまう。 この能力、もっと人の役に立てないだろうか。 今の僕はそればかり考えていた。 必要とされなくなるのが怖いから。 何よりも。
- 2 -
この世界の人々は皆、何らかの能力を持っている。念動力、テレパシー、空間移動、怪力などなど。 その中でも僕の能力は最も無価値なものだ。 何故なら自分の為にしかならないからだ。 昨日の電車の件も友達にからかわれた。 「合理的じゃないな」と。 再生時のグロテスクさから気味悪がられる事もしばしばある。だから友達も多くは無い。 何とか僕も皆の役に立って、必要とされる普通の人生を送りたいと切に願っていた。
- 3 -
そんな時に現れたのが医者を名乗る男だった。 「君の能力は人類の未来を切り開く。是非とも、私に協力してくれないか?」 「でも、僕の力って、僕のためにあるようなものなのですが」 「そこを我々は評価している。自分の為に生きる。それは至極真っ当なことだ。己の幸福を望み、己の健康を願う、どこが悪い?」 「・・・」 「率直に言おう。君の細胞が欲しい」
- 4 -
正直驚いた。 何故よりによって僕の能力を欲しがるのか。 同時に嬉しい気持ちもあった。 人助けにしか役立たないと思っていたから。 その二つの感情が入り混じって、表情に表れた。 それに気付いた僕は気を取り直し、男の言葉を思い出す。 しかし、細胞と言われてもあまりピンとこないな。 疑問に思った僕は聞いてみた。 「細胞って…どのように採取するのですか?」 すると、その男は驚きの言葉を口にした。
- 5 -
「もちろん君を殺して、だよ。」 僕は一瞬耳を疑った。 頭の中で医者が言った言葉を反復する。 反復するだけで、理解しようとしない。 「君の再生能力は元に戻ろうとして働く力だ。傷つく前の完全な状態に戻ろうとする。それは細胞一つでさえ欠けがない。つまり君から生きたまま細胞をとることは出来ないんだよ。」 やっと理解する。 そうか。僕が死ぬことで沢山のひとが助かるのか。
- 6 -
逡巡。 見兼ねた医者は一週間の猶予とアドレスを与えた。 自分が死ねば多くの人の希望になれるけど、それを僕が生きている間に実感することはないし、僕によって救われた人々は、じゃあ名も知らぬ僕に感謝するかと問われればそれも違うだろう。ならなんだ。僕の死に価値を見出せるのはあの医者だけだろ。無価値のレッテルを貼られた僕だが、それはあくまで能力に対してじゃあないか。僕そのものの価値は? ...決断の時
- 7 -
「──あなたが笹本紗矢香さんのご家族の方ですね。大丈夫です。娘さんは峠を越えました」 「ほ、本当ですか⁉ ありがとうございます!」 「いえ、私は何もしていません。実は娘さんが危篤状態だと知ったある方が、突然名乗り出ましてね、その方が自分の命を投げ出すことによって、彼女は助かったんです。その方のおかげで、これからも多くの命が救われます」 「その方のお名前は?」 「笹本……、笹本涼介さんです」
- 8 -
幼い頃にその特異な能力故に遠ざけた息子が、今、愛娘の生命を救ったという事実を知り言葉を失う両親に対し、医者は他言しないよう言い聞かせた。それでは息子が報われないと涙ながらに訴える二人に、医者は頷いた。「大丈夫です」 採取の過程が非合法である以上、提供者の名前を公表することはできない。しかし、提供者の名前を冠するその細胞の名は、多くの命を救う存在として、きっと未来永劫語り継がれていくだろう。
- 完 -