甘いものが好きで何が悪い。 男はクリームたっぷりのキャラメルラテをストローでつついた。ここのラテをたまに飲むのが男にとってはこの上ない至福の時だ。 プラスチックのスプーンでクリームを一口食べる。甘い。 それだけで先ほどまでの苛々がすこし改善された。 男はもうすぐ三十になる。そんな人が甘いもの好きなど、世間からすれば奇異でしかないというのだろうか。
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いやいや、最近では男性向けスイーツと言うものまであるのだ。世の中甘党男子は意外に多いのだろうが、世間の目を気にして公言できず、それがまた“男子たるもの甘いものは好まざるべし”と言うような雰囲気をつくり上げていき、隠れ甘党男子たちが肩身の狭い思いを…… 男はここでひとつため息をつく。 追加して貰ったチョコチップがストローに詰まってしまったのだ。 それに食べたいのは男性向けスイーツじゃない。
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本当のところをいうと、いま話題のスイーツ店にでも行って、嫌というほど甘いものを堪能したい。しかし、さすがに男ひとりで乗り込むのははばかれる…。 まてまて。ここまで考えて、男は顔をあげた。「男だから」と言って自らを否定していいのか?「世間の目」とは実は自分自身ではないか?俺はスイーツが好きなんだ。 よし、週末はホテルのケーキバイキングに行ってやる。それがすべてのスイーツ男子のためでもあるんだ!
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以前からスイーツの雑誌で調べてあったケーキバイキングに男1人で乗り込んだ。 周りの目は気にしない。ほら、男が他にもいるではないか。…彼女連れであった。 ええい、気にしない。ケーキだけに集中するのだ。今日はとことん楽しんでやる。 まず、あっさりシンプルなチーズケーキから。そしてショートケーキ。 洋梨タルト、モンブラン、ガトーショコラ、だんだん濃いめのケーキにシフトしていく。 祭りだ祭りだ。
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カボチャのケーキ、ブルーベリーのババロア、桃入りミルクレープ、一口シュー、フルーツロールケーキ、洋なしのタルト、キッシュトルテ、ベイクドチーズケーキ、フロランタン、ザッハトルテ、フィナンシェ、カスタードプディング、キャラメルマカロン、バナナブレッド、洋なしのタルト、チョコレートタワーにくぐらせるイチゴ・・・etc ああ、もう、死んでもイイ。
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最後はやはりアイスクリームでさっぱりと締めよう。それもバニラ、チョコ、ストロベリーの三色盛りだ。男は意気込んでアイスクリームディッシャーに手を伸ばした。 「あ」 二人分の声が重なった。 同時に重なる手、ディッシャーはひとつ。 咄嗟に手を引いて顔を上げれば、同じ年頃の男が驚いたように男を見ていた。 考えていることはおそらく同じだろう。 「今日は、お一人ですか?」 また、二人分の声が重なった。
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男は頷いた。聞き返す。頷かれた。 「甘いモノお好きなんですね」 【三度のおやつより一度のスイーツバイキング】というスローガンを掲げるほど。 互いの目がそれを物語っていた。 「とりあえず」 向こうの男が提案した。 「このバニラはお譲りしますので、チョコはいただけないでしょうか?」 分け合うつもりのようだ。 「ですね。異存ありませんよ」 「しかし、問題は...」 「ですな」 このピンクの悪魔。
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お互いに見合って、すぐに厄介な事実が判明した。 『ストロベリーが1番好きなんだよな…自分も、この人も!』 ここまでくると、運命すら感じられた。 同じ年頃のスイーツ男子が、同じ瞬間にアイスクリームに手を伸ばし、しかも好きなフレーバーが同じだなんて。 相手が同類とわかると、妙なライバル心も湧いてきた。 「正直、ストロベリーは譲れません」 すると、向こうも予想通りといった顔で 「私も譲りたくないです」
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「じゃあ…」 「ここは半分こ、ということに…」 「なりますね…」 それが互いに一致した結論だった。 そして、二人がけの席についた俺たちは ひとつのストロベリーアイスを ふたつのスプーンで少しづつ崩していった。 合間に仕事の事を話したら、職場が近くらしい。 「また一緒に来ましょうか?」 「そうっすね」 周りには甲高い女子の騒ぎ声。 静かなこの席が、二人だけの甘い楽園のように感じられた。
- 完 -