家出の壁は白壁の塀のよう
腹が減った。
とにかく腹が減って仕方が無い。
水で腹を膨らますのには限界があった。
冷蔵庫にはもうなにも入っていない。
全財産、残り150円。
給料日まであと8日。
どうする俺、
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真っ先に思いついたのは試食コーナーだった。
近所にスーパーは、徒歩で行ける距離に1店舗、自転車で行ける距離に2店舗ある。
その3店をまわって試食コーナーをあされば空腹はまぎれるだろう
しかし、行き過ぎると店からマークされて行きにくくなるかもしれない。
そんな不安が頭をよぎった。
あと8日。もし試食コーナー頼みでいくなら、ペース配分が重要になる。
どうする俺。
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試食は三日置き位にするとして、三日分の夕食はしのげる。朝食は食べないからあとは残りの夕食と昼食だな。
150円…。
そうだ!確かあそこのパン屋はパンの耳を一袋30円で売ってくれる。5袋あれば5日分の昼食にはなるだろう。仕事場で昼休みに自分だけ何も食べないのは怪しいからな。砂糖があったからお菓子風に焼いて持って行こう。土日の昼食は我慢だ。
夕食はどうしようか。
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やっぱり、150円なんて無理があるんだ。こうなったら他人に頼るしかない。情けないけど、女々しいけど、生きていくために。
そう覚悟して電話したのは、実家だった。
「はい、藤堂でございます」
「、、、。母さん?」
「あら、案外長い間もったわね。もっと早く電話かかってくると思ってたわ」
藤堂財閥の御曹司という立場に疲れて家出したのは3ヶ月前。母親はなんでもお見通しと言わんばかりに悠々と待っていた。
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そして今、俺はどこまでも続く高い白壁の塀の前を歩いている。この塀の中、東京ドームがすっぽり収まる広大な敷地が、俺の実家だ。
財閥の御曹司という立場は希薄な人間関係を広げるばかりで、これまでの人生で親友の一人も出来たことはない。
幸いにして真面目な兄がいるため、俺は藤堂グループとは無関係な一般企業への就職が許され、それを機に俺は家を出た。
本当の俺を取り戻すために…
グウウウ
くそ、腹減った。
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ここで家に帰っては折角の家出がだいなしである。まだ自分を取り戻せてはいない。
しかし、身の前には家。
ありとあらゆる食料があり、給料日に関わらず福沢諭吉が何人でも手に入る世界の入り口は、すぐそこまでせまっている。
………。
腹が減っては戦ができぬと言うからな。
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仕方ないから今回だけ…と口にした瞬間、敗北感に包まれた。高い高い鉄柵を通り抜けて数百メートル先にある玄関を目指す。一歩進む度に気分が落ち込んだ。結局、俺は本気で家を出たいと感じていなかった。帰ったら豪華絢爛な食事が待っている。きっと腹は満たされ、心は空っぽになるだろう。ああ、もう疲れた何もしたくない
これが本当の俺
我に返ると玄関の前に着いていた。不意に風に乗って甘い匂いが辺りに漂った。何だ?
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ふらふらと自宅玄関を通り過ぎ、3軒隣りの平屋まで来た。
甘い匂いはここからやってきたようだ。
つい窓から覗き込むと、中にいる住人と目が合ってしまった。
思わず目をそらして早足で立ち去りかけた時
「藤堂のちぃお兄ちゃん?」と声をかけられた。
「やっぱり!私よ!千沙!お屋敷で母と住み込みしてた…」
藤堂家で長く家政婦をしてくれてる娘の千沙が、マフィンを持って出てきた。
「あの菓子作り大好きの千沙か!」
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千沙は家政婦の娘であって、藤堂家ではない。これは実家に頼ることにはならない。
ただ、たまたま会った知り合いから、お菓子をプレゼントされるだけだ。
と、俺は無理矢理自分の気持ちを正当化した。
マフィンは空腹の腹に一際染みた。
香り、味が余韻を残している。
俺は勝てなかったのだ。
正当化したのに、何故か俺の中には敗北感が湧いていた。
千沙の後ろにそびえ立つ白壁に、俺は引き込まれる思いがした。
- 完 -
作品情報
家出の壁は白壁の塀のよう
#9401
- リレー期間
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1年