近づくは姑の誕生日

介護疲れって本当にあるんだ。

留美は、旦那の誠に話しかけた。
最近、夫の母親が認知症と言う病気になったきっかけに、留美は長年家庭と両立していた仕事を辞めたのだ。
働いているときは、家で専業主婦として、家事、育児だとをしたいと考えていたが、いざ専業主婦にり、認知症になった義母を看るのは並大抵のことではなかった。

yuna
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返事が無いと思ってそっと振り返り誠を見ると、さっきまで聞こえなかった静かな寝息が背中越しに聞こえた。
肩をゆすり、起こすことも出来たろうがその寝息に妙に腹が立って無駄な喧嘩をするような予感がしたので堪えて天井の照明を見た。寝室の静けさが、また私を不安へと落とし込む。誰かと話したい。
寝たふりをする誠の横で、私は良き妻であるラインをギリギリ守っていた。
難解な夫婦関係の危うさが闇に隠れていた。

zeni
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動物園

私の中で介護を一言で言い表す言葉だった。国からの要介護認定により、福祉控除を受け昼間はヘルパーさんと二人三脚で義母の介護を行うが、自身の名前さえも忘却した彼女は、華奢な身体からは想像のつかないリミッターの外れた獣のような怪力で暴れる。専業である筈のヘルパーさんからも、隠しきれない疲れの色が伺えた。

下の世話が私の心をボロボロに痛めつけた。大きくて皺くちゃな赤ん坊に、為す術もなかった。

春夏冬二升五合
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旦那は労いや感謝の言葉を惜しまなかったが、介護の具体的な苦労話をしようとすると露骨に嫌な顔をした。自分を育ててくれた母親を悪く言うのはやめてくれと言われた事もある。
彼の気持ちも分からないではないが、今この家にいるのはかつての義母ではない。
認知症が発症する前の彼女は気丈で聡明な人だった。厳しい事も言われたが、私は義母が好きだった。
しかし、その頃の義母はもういない。彼女の人格は既に死んだのだ。

hayasuite
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今の彼女は頑固で気性が荒い。
言うことを聞かない、言われることも諒解しきれない。
認知症になると尿意すら意識しなくなるので、相手が抵抗をしても正しく小便・排便を促す必要がある。
一日三回、早朝と夕餉前と就寝前。
もしも不注意からこれを逃した場合、翌日に粗相をするなどの惨事に見舞われる。
衰弱、辟易、抑圧が精神をじゅくじゅくと蝕む。

ちら、とカレンダーを見て思った。
来週は義母の誕生日なんだな。

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誕生日。
本来、それは祝うべき日だ。
この世に生を受けて今まで生きてきた日々を祝う、大事な日。
大袈裟な人は生まれてきてくれてありがとう、なんて言う。

義母には感謝している、彼女が居なければ私の夫は生まれてこなかった訳だし認知症になってしまう前は色々と面倒を見てもらった。本当に、優しい人だった。

でも、今は。
今は。
言えるだろうか、有難うと。
祝えるだろうか、おめでとうと。

独☆蟲
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もう本当、探し回って疲れたよ。

誠は、妻の留美に話しかけた。今夜は久し振りに出迎えることが出来たのを、藪から棒の寝耳に水、留美は笑顔で停止する。そこへ一枚の名刺が差し出された。介護員も指名制となり、よりサービスが強化されるとケアマネからは聞いていた。

カレンダーを見たまま、声が弾む。
「今日からだぞ」
視線を合わせない旦那には慣れている、わかっている。知っている。伝わっている。伝わっていた。

サンディー夕朗
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娘として家を出て8年目。状況は聞いていた。

どれだけわかるのだろう。電車の中で知らない人の顔を至近距離で見ながらぼんやり考える。何にも考えていなさそうに目を閉じていた。

頭に浮かぶことがある。
いいおっぱい、悪いおっぱいの話だ。
子が求めたときに応じるのがよくて、応じられないのは悪。でも、どちらも同じ人である、という葛藤が少なからずあるのだ。完璧な人などいないのだ。
有給をとろうと思った。

みみぃ
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そうやってそれぞれの想いを抱えたまま、嫁から見たら義母であり息子から見たらお母さんであり孫娘から見たらお婆ちゃんである人の「誕生日」当日を迎えた。

集まった家族が順番に声をかけてゆく。
「お義母さん、お誕生日おめでとうございます」
「おふくろ、おめでとう」
「ハッピーバースデー、おばあちゃん!」
当然お礼の言葉はなかったけれど、その日のその人はみんなが食事を始めるまで食べ始めようとはしなかった。

ぷにぷにヒロ坊
- 完 -

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