『三日月にふる雪』 保母さんが読み聞かせてくれた絵本の中にその一冊はあった。 普段重なり合わない二つのものが出会ったときの美しさを、一年草の視点から描いた物語だった。 ボヤケた色彩で綴られた絵と平易な言葉は、移ろいいく幼心を確実に射止めていた。そのとき、同じ場所に居合わせた子たちが、今の友人となった彼女たちでもあった。 あの日、記念設立されたお花畑の前で紫と杏はけんかをしていた。

aoto

12年前

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「だから、杏ちゃんは、ダメ!」 よくわからない理由で、紫から花畑に入るのを拒まれた。拒まれたのは杏なのに、紫は大声で泣いて皆の注目を集める。 杏は、唇を噛みしめる。 先生が飛んで来て、紫を宥める。紫は言葉巧みに、喧嘩を杏のせいにする。 うまく言えず、悔しい。 ただ皆と花畑で遊びたいだけなのに。 先生は皆を先に花畑に通すと、杏だけをその場に残した。 「杏ちゃん、少し先生とお話ししようね」

12年前

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「杏ちゃん、紫ちゃんに謝ろうね」先生は強めの口調で諭す。 「わかりました」杏は仕方なく頷いた。 「紫ちゃん、ごめんね」 「あやまっても、ダメなのよ」紫は頑なに拒む。 杏と紫は、普段一緒に遊ばない。だからか、紫は杏を排除したがっていた。 先生がなんとなく状況を察したらしい。先生は杏に同情の目を向けてから、かばんをあさり始めた。 「みんな、こっちへ来て。これから『三日月にふる雪』を読むよ」

雪見灯火

12年前

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「月は、よるのせかいに、なくてはならないものでした。 アクマの、にがてなものが、月のひかりだったからです。 月がなくなると、せかいは、まっくらやみ。 なにも、みえません。 どこからともなく、アクマがあつまってきて、わるさをします。 そして、よがあけると、かならず、こどもがひとり、いなくなっているのでした。 つれさられたこどもたちは、どこへ、つれていかれたのでしょうか。

fly

12年前

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と、そこまで読むと先生は喋り出す。 『みんなは、どこに行ったと思う?』 『ほいくえん!』 『おうち!』 『うちゅう!』 『おひめさまたすけに!』 『まおうとたたかいに!』 と口々にみんな言う。 杏は、他の子よりさめてる。 さめてるってよく言われる。 意味?意味なんて知らないよ。 『つき』 杏はつぶやいた。 誰にも聞こえないような小さな小さな声で。

聖来

12年前

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「……おつきさま」 そう呟いたのは、紫だった。 「どうしてそう思うの、紫ちゃん」 紫は泣きはらした目でスカートを握りしめ、先生を見上げるばかり。 「うまく言えないかな? じゃあみんな、こども達がどこに行ったのか想像しながらきいてね。続きを読んでいくよ」 絵本には、こども達がどこへ行ったのかは書かれていない。雪が降る三日月の夜、こども達が現れてアクマを雪に変えてしまうのだ。

波多海

9年前

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