パラグラフ救出考察

『若パラ / 停滞パラ救出隊大募集!!』 少女は、大きく張り出されたポスターをじっと見つめる。 「うん、矛盾してる」 ポスターから目を離さずそう呟くと、急に振り返ってこちらを見た。 「あなた、救出隊の意味わかってる?ポスター張って募集するくらいなら、その意思を貫きなさいよ!言ってる本人が1パラを投稿してどうするのよ!」 それは、ごもっともで。 わたしは、埋もれたパラグラフの埃を払った。

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そして1枚だけ抜き取って見てみると、ユーザー名が「ジョーカー」という人の1パラだった。 4年前のものだが、続きが書かれていないままだ。 「なぜだろう?」と思い読んでみた。 『少年は赤ずきんちゃんになりたかった』 とだけ書いてある。 これじゃあ、2パラ以降がないのもうなずける。 なんせ、短文1パラだっていうだけでも厄介なのに、文章に共感が出来ないとなれば尚の事だもの。 さて、どうしたものか?

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矛盾を打ち破るべく、わたしは自ら手の中の未完ノベルと向き合う。短文1パラは寧ろ、可能性の宝庫だ。2パラはどう広げることもできる。 例えば、何故、赤ずきんちゃんになりたいのかを回想を交えて説明するでも良い。 例えば、少年が憧れる赤ずきんちゃん視点に切り替えるでも。 なれないまま大人になってしまった少年のその後から書き出すでも。 「可能性が無限大だなぁ」 「じゃあこれは?」 少女が差し出す。

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次に抜き取られた一枚は「宝石のカフカ」というユーザーが書いた1パラだった。 『黄色い香りが咥内に絡みつく苦みと、語感を鈍らせ意識を剥奪する煙の中、毒々しい赤色の唇が同じ悪魔を吸いつけるのを見られる小部屋の逢瀬は絶頂の一言に尽きた…略』 これも2パラ以降、続き難いことが共感できる。細かすぎる描写ゆえ、抽象的になりすぎていて、一読では理解しにくい。漢字も多くてとっつき辛いのだ。

aoto

6年前

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「うむ、次のユーザーにつなげるというルール…いや、心得を忘れてしまっているようだな」 「あなたならどうする?」 「そうだな…。細かな描写は、もう一度ラストに登場させるようなイメージで、つまり“伏線”として見るかな」 「へえ、そんなこと考えてるのね」 「最終的にどんな物語になるのかは後続のユーザー次第なわけだから、できるのは誘導程度だけどね」 すると少女はまたパラを抜き取る。 「これは?」

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8パラのまま三年が経過している。5パラが世界観に深みを与え6パラ以降が4パラ以前のストーリーとうまく繋げている。正直、次の展開を書きたくなる話運びだ。 「難しいね。なんせ『書きたくても書けない』の典型例だ。起承転結の転結を残り1パラで書けないって避けられてる」 しかし結末が来る可能性は0ではない。意外と、新人ユーザーが締めることもある。要は、初めの一歩を踏み出す勇気だ。 「じゃあこれ見て!」

6年前

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『死にたい。 私に価値なんてないのかな? ブスだし、性格も悪いし。 ねぇお願い、私を殺して?でもあなたは…略』 これは小説というよりポエムじゃないか。避けられる理由は明確だ。 抽象的な部分が多過ぎて、「私」がどんな人物なのか、「あなた」とどういう関係なのかイメージしにくい。 「1パラをヒロインの独白と捉えて、2パラから、違う登場人物への視点へと変える方法もあるな。それか、ポエムを続けてみる?」

kam

6年前

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少女は首を振った。 「ポエムは誰しも書けるものではない…羞恥心があったり語彙力が少なかったりと、ハードルが高いのよ。後になるほどプレッシャーがかかってしまう」 「じゃあ、これは?」 手に取ったパラは2枚あった。日付は5年前。 1枚目で主人公は猟奇殺人を犯した友人の元へ面会に行く。だが2枚目では主人公が猟奇的な人格になり、友人を殺そうとするのだ。 「矛盾パラね」 「これじゃ、友人の狂気が薄れちまう」

5年前

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キャラの個性ともいえる猟奇殺人のタグを2人が持つことで価値が目減りしてしまうのだ。主人公の激変に説明がつかない点でも3パラ執筆がピーキーになっている。 無数のパラグラフが自分たちの出番を今か今かと待っている。わたしは溜息を吐いた。 「救出対象が多いな」 「救うのはあなたたちだけどね」 少女はすでに消えており、声だけが空間に響く。 「でも忘れないで。どんな形であれ、この世界は楽しんだもの勝ちよ」

Joi

5年前

- 完 -