生きている

 気が付くとその部屋にいた。  部屋には何もない。ただ、ひとつ、扉が取り付けられている。ここはどこなのだろう。  私はゆっくりと、その扉に近づいてみた。すると、扉には金属製のプレートが取り付けられており、そこに文字が書いてあるのが見えた。  心臓が止まりそうになった。そこには、私のよく知る人物の名前が書かれていたからだ。なぜ、こんなところに・・・。

tiptap3

14年前

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 私は死んだ。校舎の屋上から飛び降りて。  あの世に行く前に、会いに行けということか。この先には・・・私を待っている人がいるのか。いずれにしても、この部屋から出るための扉はひとつしかない。  目を閉じて、深呼吸をした。  そして私は、扉に手をかけた。

yonx

14年前

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ゆっくりと、扉を押す。 もの凄い風が正面から吹きつけ、扉が眩しく輝く。 視界の全てが漂白されていき、私は思わず目を瞑った…… 「……るせぇな、関係ねぇだろ。何でお前に言われなきゃならねぇんだ」 聞き覚えのある、大きな声。 聞き覚えのある、その言葉。 そろそろと目を開けると、声の主の背中が見えた。 そして彼の向こう側には、俯いて、前髪で表情を隠した私が、いた。 (……あ、これって……)

Linoge

13年前

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あの時、私は本当はこう言い返したかったんだ。 (関係ないはないでしょう。あなたを信じて私はあの作品を預けたんです。それがどうです、あなたの作品は私のものとそっくりじゃないですか。あなたがもらった賞、あれは私が受け取るべきものでした。あなたにその失意が想像できますか?いいでしょう、判断は司法にまかせることにします。) すると、目の前の「私」は顔をあげ、私が言いたかったことを、力強く言い放った。

13年前

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それを聞いて男はよっぽどびっくりしたのだろう、ぽかんと口を開けた。「私」は立ち上がると男を払いのけ、颯爽とその場を後にした。 「私」、やるじゃない、初めからこうすればよかったんだ。なんだか生きる気力が湧いてきたぞ。いや手遅れか。 「私」を追って奥の扉へ向かった私の目に飛び込んできたのは、また金属製のプレートだった。今度は私の名前だ。 今は何にでも立ち向かえる気持ちがして、私は扉に手をかけた。

noppo

13年前

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扉を開くと再び強い光と風に圧倒され目をつむる。 「ちょっとお人好しすぎだったんじゃない。あんなやつを信じるなんて。まあ勉強だとおもって諦めなよ。作品ならまた作ればいいし」 きき覚えのある声。「私」が今度は女性の前でうなだれている。違う、あの時私はそんな事を言って欲しかったんじゃなかったんだ。

tati

13年前

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(これって絶対おかしいよ。なにがあっても取り返そう!力を貸すよ!) 私が親友に言ってもらいたかったのは、この言葉なのに・・・。 「でも、やっぱり」女性は立ち上がるときっぱりと言った。私が望んでいた言葉を。 「これって絶対おかしいよ。なにがあっても取り返そう!力を貸すよ!」 それを聞くと「私」はニッコリと微笑んだ。 この不思議な場所では、何かを聞くべきだった人が実際にそれを聞くのかしら?

rain-drops

13年前

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そのときいっそう強い風が吹き、私は目をしばたかせた。目を開くと… あの日の校舎の屋上。つい先ほど自分で靴を揃え遺書の上に載せたのだった。 私、まだ言いたいことも、言ってもらいたいことも残っている! どうしてだろう、そんな気持ちになった私は、遺書をクシャクシャにまるめてポケットに入れ、靴を履き、歩き出した。

coco

13年前

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「終点〜、終点〜」遠くから声が聞こえる。その時、またしても強い風が吹き、私は目が覚めた。 ゆっくり目を開けると、開いた車両のドアから眩しい日の光と共に風が吹き込んできた。 電車に乗っていた私は、いつの間にか眠っていた。 生きている。死ぬ必要なんてないんだ、そう思えた。「うんっ」と小さく頷き、私は立ち上がった。 ふとポケットに手を入れると、指先にまるめられた紙が触れた。私はそれをゴミ箱に投げ捨てた。

tetch

13年前

- 完 -